タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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探し屋2 狙い球

トランから、プーケットに戻ってきた私たち家族は、カロン・ビーチで、家を借りて暮らし始めましたが、とりあえず、生きていくためには働かねばなりません。
そこで、1階が店舗、2階、3階は、住宅として使えるような物件を、まずは、探してみましたが、買えそうな物件は、どこも立地が、パッとせず、逆に立地の良い所は、高くて手が出ませんから、不動産購入は、すぐに行き詰まってしまいます。目先を変える意味もあって、ラントムと2人で、パトンビーチで建築中だった、コンドミニアムを見に行くことにしました。

「パトン・タワー」と呼ばれる、この超高層コンドミニアムは、見た目にも鮮やかで、購買意欲をそそられましたが、当時の価格帯は、約75㎡で、290万バーツ(1バーツ5円の時代)くらいだったでしょうか。
16階からの眺望は、実に見事で、パトン・ビーチのベスト・ビュー(アンダマン・コンドミニアムも見学しましたが、こちらからの眺めの方が、明らかに上でした)と言えましたが、ラントムに感想を聞くと、
「うーん、確かに綺麗なんだけど、私は、なんか、マイ・サニッド(馴染めないわ)。やっぱり、下の店舗の方が好き」
というものでした。コンドミニアムから、ビーチに向かうソイの両側には、店舗兼用のタウン・ハウスが並んでおり、私も、前々から目をつけていましたが、売りに出ていた物件は、どこも値段が高く、ほとんど諦めかけていたエリアでした。

コンドミニアムの内見を終え、家に帰ろうと、バイクに乗りかけていた私たちでしたが、
「せっかく来たんだから、もう一度、この辺りを見てみるか」
2人で、ソイの中に入っていきました。
東京で物件探しをしていた頃も、「ない」と諦めていた一帯を、時間を置いて再び見に行くと、思わぬ掘り出し物に出くわしたことが何回かありました。
街は日々変化しています。狙った場所があるのなら、固定したイメージで判断せず、繰り返し探してみることも店舗探しでは大切なことでした。

今でこそ、ズラリとお店の並ぶ、このソイも、あの頃は、まだ閑散としており、半数以上の店舗で、シャッターが閉じられたままになっていましたが、その中の1つに、真新しい、黄色いパネルが掛かっていました。
「SALE  TEL 076-34・・・・」
外壁を塗装し直した直後だったのか、真っ白な外観が、とても目を引きます。しかも、角地。
「高いんだろうなあ」と思いながらも、なんとなく、イケそうな気もして、近くの公衆電話から(当時は、まだ携帯が普及してませんでした)、早速、電話を入れてみました。

「売りの看板見たんですけど・・・・、お幾らでしょうか?」
足かけ5年も、こんな問い合わせ電話ばかり、かけてきましたから、ラントムも、手馴れたものでしたが、
「・・・・それは、セン(リース)じゃなくて、カーイ(売り)なんですよね・・・・」
隣りで聞き耳を立てていた私にも、なんとなく感触の良さは伝わってきます。期待感が大きく膨らんでいきました。
「・・・・ありがとうございます。それでは、また・・・」
ラントムが電話を切り、私は、待ちきれないように、
「いくらだった?」
と尋ねました。
「・・・・万バーツだって」
もう一本奥の200ピー・ロードでも、同じような条件なら、この値段より、100万バーツ程度安いだけでしたから、
「いいな。ここにしよう」
私は、即決しました。これまで、さんざん探し回り、島内の、ありとあらゆる不動産の値を聞き続けてきましたから、今さら、迷う必要はありません。
“狙っていたストレートが、遂に来た!”
そんな感じだったでしょうか。信用できる話なのかどうか、それだけが心配でした。そして、すぐに電話を掛けなおし、アポイントを取りました。

翌日、物件の向かいにあるゲスト・ハウスの「スマイル・イン」に、代理人である、コ・ブンさんを訪ねました。彼は、パトン・リゾート・ホテルや、パトン・タワーのオーナーである、バンルー・タンティビットさん(故人)の甥っ子だといいます。そして、バンコク在住の物件オーナーも、彼のおばさん、つまり、バンルーさんの妹でした。2人とも、身持ちが、しっかりしており、プーケットに多い、如何わしいブローカータイプの人間と違って、信用できる人物に思えました。対応も、非常に良心的だったと思います。

「じゃあ、買うということで、よろしいんですね」
「はい、結構です」
すんなりと、商談はまとまりましたが、
「一つだけ、お願いがあるんですけど。取引は、キャッシャー・チェック(小切手)の一括払いで、OKなんですが、支払いと登記は、2ヶ月だけ、待ってもらえませんか?2ヵ月後、ちょうど銀行利息が入りますから、できれば、それをもらってから、払いたいんですけど・・・」
当時の利率は、年に、11%(!)もありましたから、3ヶ月分の利息だけでも、結構な額になったものです。
私がこういうと、彼も、すぐに理解したようで、
「確かに、捨てるのは、もったいないですね。わかりました。じゃあ、2ヶ月待ちましょう」
コブンは、そう言って、向かいのシャッターに掛かっていた売り看板を外してくれました。翌日、渡された登記証の写しを登記局に持っていき、問題のないことを確認した私とラントムは、その2ヵ月後、無事に取引を成立させて、子ども達と共に、また、パトンビーチに戻ってくることができました。

ベストチョイスだったと、今でも思います。買わなかった土地や建物は、山のようにありますが、撃ち洩らしたと思うような物件は、一箇所しかありません。
ちょうど、あの頃、ソイ・シードラゴンの入り口に極めて近い場所で、2ブロックの売り物件が出ていました。
価格は700万バーツ。その後の地価の上昇率は、シードラゴンの方が高かったわけですから、こちらの方が、投資としては、ベターだったかもしれませんが、私は、それほど後悔しているわけではありません。
当時の状況からいって、あそこを買えば、今の店舗は手に入らなかったでしょう。そして、その場合は、当然、住所もバングラーになったと思います(凄いですね!)。子ども達や、ラントムと一緒に暮らす場所として、やはり、バングラーは、かなり相応しくない立地だと思いました。

気合の入った勝負師なら、どちらも抵当に入れて、金を作り、二兎を追いかけて、両方手に入れていたかもしれませんが、私には、そんな度胸はありませんでした。
まあ、それで、良かったんだと思います。そういった、ギリギリの勝負をする人は、同じことを何度も繰り返し、倍倍ゲームで資産を増やしていきますが、一度でも失敗すると、ダメージが大きくて、立ち直れないことが多いですから・・・。

16年前、私がプーケットで暮らし始めた頃、ある日本人女性のご主人(タイ人)が、こんなことを言っていました。
「プーケットは、既に(地価が)ワンステップ上がりましたから、この後は、どうでしょうかねえ・・・。これから、もう一段上がるのか、それとも、しばらく停滞するのか・・・」
結局、停滞期が、その後、10年以上続き、再び地価が高騰を始めたのは、津波以降でした。
最近、サイ・サーム(第3道の意。ビーチに近い方から順番に、1,2,3)に完成した4階建ての売物件が完売に近い状況で、価格は、1500万バーツといいます。私とラントムが、バイクに跨って物件探しをしていた頃に比べると隔絶の感がありますが、この値段で成り立つビジネスが、いったい、どれ程あるんでしょうか。状況的には、かつての日本と似通った部分も多いので、今後の地価の推移を想像すれば・・・・。

もう一度、井上くんに会って、参考意見を聞いてみたいものです。
サボってばかりいましたが、彼は、なかなか鋭いところもありましたから・・・。

(続く)
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by phuketbreakpoint | 2009-07-31 12:26