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タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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雨 あめ 降れ ふれ

「まだかなあ・・・」
「すぐ来るって、言ってたけど・・・」
八月のある日、私はラントムと二人で給水車を待っていました。

パトンビーチは、ここ数年急激に増えた店舗やホテルに追いつくことができないのか、水不足がかなり深刻になってきました。しかも、今年は雨季だというのに雨がほとんど降らず、今日でもう一週間水道が止まったままです。うちのようにレストランやホテルをやっているところは、水なしでは営業できませんから、業者に電話して、給水車で水を持ってきてもらうことになります。
水代、一回1台800バーツ。給水会社は睡眠時間もないほどの大忙しで、嬉しい悲鳴をあげていますが、どうも不自然に感じるときがあります。毎年、お正月になると、どういうわけか水道が止まり、お正月が終わると、また何事もなかったかのように水が流れてきたり、貯水池には水がいっぱいあるのに、突然4日間水が来なくなったり・・・。水道局が業者とつるんでいるという噂もありますが、真意の程はハッキリしません。いずれにしても、早く雨に降ってもらわなければ、落ちついて眠ることもできません。


私は10年前、プーケットから300キロほど離れたトラン県で、ゴムのプランテーションを営んでいました。
かつてプーケットの主要産業といえば、ゴムとスズでしたが、今やゴムの方は死滅寸前の産業といえます。だいたい、リゾート地プーケットで、こんな原始的な作業をやろうと思う奇特な人は、そうはいません。追い追いミヤンマー人のように、低賃金での肉体労働を厭わない人達に限定されてきてしまいます。ミヤンマー人はタイ人と比べ勤勉という話もありますが、お金に対する執着心が強いのでしょう。彼らは、もらえるタイバーツを自分たちの通貨に頭の中でエクスチェンジしながら、それを活力に頑張っているのかもしれません。
ただ、その辺でウロチョロしている犬を勝手に食べてしまうのは、やめてほしい思います。ラントムのお兄さん夫婦が田舎から連れてきた犬が、先月から行方不明なんですけど。

ゴムの生産は、すべて手作業で、何から何まで人間がやらねばなりません。
真夜中の1時頃、ゴムの木一本一本に特製のナイフでキズを入れ、その傷から湧き出てくる真っ白な樹液を小さな壷で受け、それを翌朝、一つ一つバケツに入れて回収していきます。ネバネバした原液は、放っておくと固まってしまいますが、この中に、さらに凝固剤を入れ、ある程度固まったところで、薄く延ばして乾燥させ、町の問屋に持っていって売ることになります。その日のゴム相場の変動によって卸値が変わり、売り上げは、地主の私が小作人と6-4で分けていました。

ゴム園業の一番大きな特徴は、雨が降ったら、作業ができないことでしょう。木の幹が濡れてしまうと樹液が滲んでしまい、回収できなくなるからです。トラン県では、いったん雨が降り始めると、最低1週間は続き、その間作業は完全にストップしてしまいますが、雨季の間にまとまった量の雨が降らないと、乾季になっても樹液があまり出ません。ゴムの生産は、天候と非常に密接な関係にあるといえるでしょう。

トランはプーケットと同じ南部にあり、季節の変化もほぼ同じです。毎年、5月から11月頃までは雨季で、12月から乾季に入り、ゴムのシーズンが始まりますが、2月中旬ごろから葉っぱが散り始め、2-3ヶ月作業を中断せねばなりません。二ヶ月勝負というのも、プーケットの観光業と同じで、普通なら、この期間に可能な限り稼いでおこうと考えるはずですが、そう思わないのが田舎の人の凄いところです。10日ごとの休みは仕方ないとして、それ以外にも、何かしらの理由を見つけては、すぐに休もうとします。

まず12月5日、父の日と呼ばれる国王の誕生日。
突然、愛国に目覚めたのか、誰かが「誕生日を祝おう」と言い出して作業が中断します。中断中は、酒やバクチ、あるいは、その両方ということになりますが、この間、国王陛下の話題は、ほとんど出ないのは言うまでもありません。クリスマスは関係ないようですが、1月1日は当然のように中断。そして中国人でもないのに中国正月(旧正月)まで祝おうとします。正月は、どっちか一つ選んでください、お願いします。

そうこうしているうちに、1月の末ごろから、ゴム林に落ち葉の舞い散る季節が訪れ、みんな、「待ってました」とばかり休みに入っていきます。
「うちは、まだ葉っぱが残ってるだろう」なんて言ってもムダですね。小作人たちは林の状態なんか関係ないとでも言いた気に、
「テープさんが 休みにはいった」
「その向かいのレックさんも」
そんな話を聞こえよがしにしてきます。小学生が「友達の山田君も持ってるんだよ」という理由で親におねだりしているのと同じですね。

そして2月も中旬になると、本当に作業ができなくなってしまい、ここから2ヶ月以上の長い休みに入ります。みんな大喜びで、はしゃいでいますが、
「ちょっと待って。あなたは、もう充分に休んでいるでしょ」
そう言いたくなる人も、一緒に喜んでいます。

5月に入り、ポツリ、ポツリと雨が降り始めると、葉っぱもようやく生え揃い作業再開となります。待ちに待った再スタートですが、6月、7月とますます雨量は増えていき、一ヶ月の間で作業できる日は、少ない月で9-10日くらいになってしまいます。
ところが、この9日を休んでしまう人がいるから恐ろしい。その理由は博打や酒 といった身も蓋もないもの以外にも、「女房とケンカしたから・・・」という仕事や娯楽とは関係のないものも入っていたりします。先月、私も同じ理由で一日サボってしまいましたから、気持ちはわかるんですが、後で「お金が無くなった」といっては借りに来ないでください。これもお願いしときます。

日本国や欧米先進国では、真面目に働かない人は、最後は食べ物に困って野垂れ死にする定めになっているはずです。イソップ物語でも、そうでした。
しかし、タイのキリギリスは、そんなに簡単には死にませんよ。少なくとも南部に限れば、周りに食べ物はいっぱいあって、飢え死にすることはありません。海に行けば魚介類が、山に入れば果物や野菜がいつでも手に入ります。お腹が空いたときに、ちょっとだけ働けばいいわけですね。実際、私の林の近所でも、何もやらないでブラブラしているキリギリスは大勢いました。それでも、冬は絶対にきませんから路頭に迷うこともありません。

さらに言えば、たとえキリギリスが路頭に迷ったとしても、この国のアリは、ちゃんと食べ物を恵んでくれるのです。
「どうしようもない奴だけど、可哀想だから、助けてやるか」
困っている怠け者を吹雪の中に叩き出すような無慈悲な仕打ちはできません。なんと太っぱらな人たちなんでしょう。タイは、本当に心の豊かな国なんですね。

ゴム園をやっている間、私は田舎の人たちの考え方や天候に、ずっと振り回されていましたが、どちらも打つ手がない、という点では、まったく同じでした。自然環境とその中で生きてきた人たちに逆らってはいけません。あの頃は、せめて作業のできる9日間を少しでも増やすことはできないものかと足掻いていましたが、すべて無駄なことでした。
「あーあ、きょうも雨か・・・・・」
自然相手に怒るわけにもいかず、また人間相手に腹を立てるよりは、はるかに精神的にも楽でしたから、私はよく1人で、ぼんやりと雨空を眺めていたものです。トランでの日々は、私にタイでの暮らし方や、タイ人と、どうやって付き合っていけばよいかを教えてくれたような気がします。


どうやら、給水車が来たようです。
やれやれと思っていたら、しばらくすると、雨も降り出しました。この調子で4、5日降り続けば、カトゥーの貯水池にも水が溜まるでしょう。これで、ひと安心です。
ところが、ふと横を見ると、きよみが何かやっています。
「きよみ、なに作ってるの?」
「てるてる坊主」
「てるてる・・・!? ダメだよ、そんなもん作っちゃあ。せっかくの雨が止んじゃったら、どうするの」
明日、友達と遊びに行く約束をしているようですね。とやかく言うのは止めましょう。雨が降れば、水不足は解消される。降らなければ、きよみは遊びに行ける。結局、どちらでも、いいんでしょう。
<雨、あめ、降れ、ふれ、かあさんと・・・・>
子供の頃、母と歌った、あの歌を、今日はきよみと歌います。そして、てるてる坊主がぶら下がる軒下で、私は、また雨空を見上げていました。
by phuketbreakpoint | 2005-09-19 01:45