タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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<   2010年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

UFO、遂に発見!

「エイリアン・・・、オハイオに・・・?」
「ええ、宇宙人の死骸が、UFOと一緒に保管されているんです」
「どこに・・・?」
「どこにって、エア・フォース(空軍)のベースキャンプですよ。あなた、オハイオに住んでいて、こんな有名な話も知らないんですか!」
1983年3月、アメリカ大陸をバスで横断中だった私は、オハイオ州クリーブランドを訪れていました。

バスターミナルでグレイハウンドの職員を捉まえて、目的地までの道のりを尋ねていたのですが、
「あんた、バカなテレビ番組でも見て、騙されてるんじゃないのかい」
「冗談じゃないですよ。ちょっと、これ見てください(と言いながら、「UFO本」を見せる私)」
“アメリカ・オハイオ州、ライトパターソン空軍基地の地下格納庫には、UFOの残骸と、エイリアンの死体が保管されている”
「ライト・パターソンねえ・・・・。確か、デイトンだったなあ・・・。300キロは、離れてるんじゃないか」

これまで、ヒューストンのNASA、ワシントンDCの合衆国・国防省と、UFOの関連記事に、よく登場してくるポイントには、足を運んできましたが、
「ここが、ペンタンゴン内部の売店ですよ」的な、しょうもない写真が撮れるという以外のメリットは、何もありませんでした。
UFOの正体を確認する、という作業は、実態があるのか、ないのか、わからない不確実なものが対象ですから、最初から無理があったのかもしれません。思えば、私の半生は、そんなモヤモヤとした何かを、捜し求めていたのかもしれません。


あきおが帰ってきてから1ヵ月後に、なおこが夏休みを利用して、日本から戻ってきました。
「パパ、ママ、ただいま」
菱和の制服を身に纏い、到着ロビーに現れた、なおこは、爽やかさに溢れています。つい、2年前のお正月、受験を終えて、颯爽と凱旋帰国したときの、あきおにも、同じような雰囲気を感じましたが、あのときの輝きが、今の、あきおに、あるんでしょうか?

なおこは、何事にも、そつが無く、ほとんど手はかかりません。菱和に入学した当初は、ホームシックで泣きながら、電話をかけてきたこともありましたが、
「可哀想だなあ・・・」
と思いこそすれ、あきおのときのように、怒りの感情が沸いてきたことなど、一度もありませんでした。我が子ながら、感心してしまうほど、あの子は、問題なく成長していきます。いや、マヨムのときも、同じでしたし、恐らく、きよみも、大丈夫でしょう。4人の子を育ててきた経験から、見つけ出した、究極の結論としては、
「苦労したくなければ、男の子は作るな!」
ということなのでしょうか。

結局のところ、かつての私がそうだったように、今の、あきおも、
“自分が何を、やりたいのか”
“どういう人間に、なりたいのか”
はっきりと定まっていないところに、問題があるわけです。好きな道さえ決まっていれば、菱和(仮名)でも、あんなことにはならなかったでしょう。
では、あきおにとって、それは、いったい何かといえば、答えを導き出すことは、容易ではないと言わざるを得ません。
私自信、悩み、苦しみ、空回りしながら、数限りない失敗を繰り返した後に、この南の島で、ようやく、答えが得られたような気もしますが、それが少年時代に憧れていた物と同じ姿かといえば、似ても似つかない物だったりするわけです。
目指すべき理想の世界とは、試行錯誤を繰り返し、壮大な回り道を辿っていった、その果てに、ようやく、おぼろげに見えてくるものかもしれません。

夏休みも、いよいよ終わりに近づいた、8月下旬、私達家族は、サムイ島に遊びにいきました。
昨年まで、プーケットでツアー会社を経営していた品川さんが、ここで働いていましたから、久しぶりに会って、一緒に食事をしました。
「サムイ島は、おもろない!若いもん、ばっかりや・・・。一緒に飲みに行ってくれるヤツが、おらへん」
内容は愚痴ばっかりなんですが、この人が喋ると、全部明るく聞こえてくるから不思議です。つい、30分ほど前には、ブータレてばかりいる、あきおに切れて、
「どこに行きたいのか、何も言わない。だったら・・・と、こっちで決めたら、ぶつくさ文句を言う。お前みたいなのが、一番困るんだよ」
不機嫌極まりなかった私でしたが、品川さんの話を聞いているうちに、いつの間にやら、気分が晴れ晴れとしてきます。
「ささ、品川さん、まずは、ぐーっと、一杯・・・。あきお、お前も飲め!」
途端に、ニコニコ顔となって、つい先程の怒りは、
「いったい、どこに、行っちゃったんだ?」
あきおも、呆れ顔で見ていました。

食事が終わって、ホテルに戻り、バンガローの縁台に腰掛けて、あきおと1対1で、久しぶりの親子酒になりました。
「どうだ、あきお。この酒(シーバス・リーガル)、美味いだろ。(東京の)おじいちゃんも、これが一番好きなんだ」
「昔、あきおが生まれたときに、空港で高級ブランデーを買って、ポータウ(ラントムのお父さん)に、お土産持っていったんだけど、近所の仲間と、5分くらいで飲んじゃってなあ・・・。大きな器に、並々と注いで、回し飲みするんだけど、口当たりがいいから、みんな、ぐびぐび、いっちゃって、一回りしたら、もう無くなっちゃった。あれ以来、ポータウには、質より、量だって、思ったな」
「田舎の連中は、朝から飲むからなあ・・。でも、ラオカウなんて、あんまり、飲まない方がいいぞ。ありゃあ、なんか混ざってるぞ、絶対に・・・」
「こうやって、おいしい酒が飲めるのも、一生懸命働いてるから、そう感じるんだ。さっき、あきおは、『退屈だ』って、言ってたけど、パパなんか、プーケットから離れて、今日は、お店を見なくてもいいって思うだけで、気分が軽くなって、何やっても楽しくなる。
いつも、ブラブラしていたら、こうはいかないぞ。ルング・トゥアン(トゥアンおじさん)見てれば、分るだろ。きっと、酒も美味しくないぞ。ああいう生活をしていると・・・」

酒を飲みながら、ほとんど酒の話しかしていませんでしたが、実に、美味しいお酒でした。
ここ数ヶ月、あるときは、怒り、あるときは、悲しみ、また、あるときは、呆れ返った、私の、あきおに対する感情でしたが、この夜は、本当に、心地よい時間を過ごすことができました。
あきおと一緒に酒を飲んで、
“こういう話を、日本語でしたかったからこそ”
私は、長い間、苦しんできたのです。その夢に付き合って、実現してくれた、あきおには、この先、何があろうとも、耐えて、見守ってやることが、せめてもの罪滅ぼしだと思いました。私が日本人でなかったら、あの子も、苦労することはなかったでしょうから・・・。

中1で、あきおを日本に送り出して以来、勉強のことも、それ以外のことも、あまり教えてやる時間はありませんでしたが、考えようによっては、そのいい機会ができたのかもしれません。
“自分の子の教育は、自分でやる”
“結果は、すべて受け入れる”
今こそ、原点に、立ち返るべきなのでしょう。
小学生だった、あきおに、1つ1つ漢字を教えていったときのように、今一度、あの子には、時間をかけて、私が、これまでの人生で培ってきたものを教えてやらねばなりません。あきおが頑張ってくれたおかげで、コミュニケーションの手段は、もう十分に確立されているのですから。

8月29日、
なおこが、日本に戻る日がやってきました。
「パパ、ママ、サワッディー・カー。日本に着いたら、電話入れるから」
「なおこ、気をつけなさいよ。忘れ物は、ないわね」
久しぶりに戻ってきた娘が、再び旅立っていく・・・。母親にとって、それは、やはり寂しいことだったようで、ラントムの目には、涙が光っていました。

今夜、なおこは日本へ。マヨムも、もうすぐ、イギリスに。きよみも、「来年、日本に行きたい」なんて言っていますし、あきおは、バンコクなのか、自宅学習のままなのかは、わかりませんが、まあ、なんとかやっていくでしょう。

5人で揺られた道のりを、4人で戻る、帰り道、
「明日、お寿司食べたい。あきお兄ちゃんも、行くでしょ?」
「きよみ、食べることばっかり、考えるなよ。また、太るぞ」
あきおと、きよみが喋っている、その傍で、
「子ども達が全員、プーケットにいればいいのに・・・」
ラントムが寂しそうに、呟いていました。

突然の大雨で、視界は、ほとんど見えないけれど、
なおこの声が、聞こえるような、
子どもたちの声が、聞こえるような、
みんなの声が、聞こえるような、
そんな、不思議な、帰り道。

来年、また、会えるといいな、
子どもたち、みんなと、会いたいな、
ラントムと一緒に、会えるといいな、
プーケットで、みんなと、会いたいな・・・、

車は、カトゥーの山を超え、夜のパトンビーチが見えてきました。
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by phuketbreakpoint | 2010-05-29 13:11

まずは自腹で

ついに強制排除です。
「黄シャツ」も、「赤シャツ」も、やっていることは同じで、私には、「目くそ、鼻くそ」に見えてしまいますが、当事者や、その応援団は、
「俺たち、目くそを、鼻くそなんかと、一緒にしてもらっちゃあ、困るよ」
と言いたいのでしょう。プーケットで暮らす知人の奥さん(40代前半、南部出身、心情的に黄シャツのファン)も、こんな風に説明してくれました。
「こっち(黄シャツ)は、弁護士とか、学校の先生とか、実業家とか、立派な仕事についている人が多いけど、あっち(赤シャツ)は、不労者とか、農民とか、日雇い作業人とか、そんなのばっかり」
だから、「こっちの勝ち」と言いたげでしたが、一昨年、黄シャツが空港を占拠したときは、
「幼稚園じゃあるまいし、元市長さんとか、大学教授とか、立派な職業に就いている人たちが大勢集まって、やっていことと、悪いことの区別もつかんのか?」
と、正直思ったものです。
そして、今回の騒乱も、変な話が、本当に多かったと思いまいす。

3月の末、私は、家族と一緒に、バンコクを訪れていました。
「おー、やってる、やってる。記念写真でも、撮っていくかー」
赤シャツ隊の人たちが、揃いのユニフォームに身を包み、ピックアップ(ダットラ)の荷台や、バイクに分乗して、街宣活動を行っていましたが、夜になって、ワールド・トレード・センターに、映画を見に行くと、
“ガラーん”
いつもは、ハイネケンや、ビア・チャンなど、ビール各社が競うように、ビアガーデンを営業している店頭の大広場は、どういうわけか、閑散としていました。
「変だなあ・・・」
と思って、プーケットに戻ってきたら、2~3日して、
「赤シャツ隊が、あの広場を占拠した」
というニュースが入ってきます。まるで、
“予約が入っていたから、場所を空けておいた”
かのような、準備のよさでした。

タイ関連の、この手のニュースは、大体が、こんな調子ですから、いちいち真に受けていたら、キリがないのですが、私は、この手の話を耳にする度に、いつも、アントニオ猪木さんの言葉を思い出してしまいます。
「我々の闘い(プロレス)は、すべて本気でやってしまうと、シャレにならない。かといって、まるっきり、デタラメだと、ただの茶番になってしまう。この辺のサジ加減が、プロとして難しいところだ」
大雑把な筋書きの元で始められた、擬似的な闘争が、途中から、話の筋を理解していない飛び入り組や、ドサクサに紛れて、窃盗や放火、殺人がやりたいだけの連中が、呼んでもいないのに大勢参加してきて、筋書きを書いた本人たちにも、コントロールが効かなくなっているのでしょう。

今回は、警察も、軍も、政権側だったわけですから、躊躇することなく、出動命令を出して、
「はい、みなさん、違法行為はいけませんよ。とっとと、帰ってください」
武装警官を、100人ほど、現場に急行させれば、
「ヤバイの来た。ズラかれー」
と、事態が大きくなる前に、いくらでも押さえ込めたような気がします。
モタモタしている間に、デモ隊のおばちゃんたちも、すっかり居心地が良くなったのか、のんびり寛いでしまったようで、軍が動き出した頃には、
「誰が帰るか、アカンベー」
子どもの喧嘩みたいに、なってしまいました。
ミヤンマー人相手なら、間違いなく、その日のうちに、皆殺しにしていたでしょうし(タイ警察のミヤンマー人に対する仕打ちは、苛烈です)、日本人でも、容赦しては、もらえなかったでしょう(何年か前、ドンムアン空港で、カウンター業務に業を煮やした日本人男性が、大声で怒鳴り散らしたところ、30秒もしないうちに、自動小銃を構えた兵隊さんが現れました)が、タイ人は、相手がタイ人の場合は、遠慮深いですね。

一票手に入れるために、
「3000バーツだ」
「じゃあ、こちらは、4000バーツだ」
「ええい、だったら、オレは、4500バーツだ。もってけ、泥棒(お金だけもらって投票しない、ドロボウのような人もいるようです)!」
と、大金を動かして、文字通り、命がけの選挙戦を戦っている南部の候補者(特にパトンビーチ町長選)から見れば、
「ナンプラー(30バーツ)、タダでくれたから、あの人に入れよ」
で、当選してしまう(?)北部の候補者は、ずいぶん、いい加減な選挙を戦っているように見えてしまいます。本来なら、反対派を封じるためにも、
「私が、まず・・・」
自ら率先して、貧困層の援助に、私財を投げ打って乗り出すべき、タクシンさんが、政治的地位を利用して、巨万の富を築き、税金も、ほとんど払っていないようですから、
「人のフンドシ(他人の税金)で、相撲をとっている(自分の人気取りをしている)」
と言われても仕方ありませんし、赤シャツ一人雇うのに、1日1500バーツ(約7500円)払ってるという話もありますが、タクシンさんが、初めて自腹を切って、貧しい人たちにバラ撒いた、とも言えますから、これからも、どんどん、やったらいいんじゃないでしょうか。田舎の人たちは、きっと、大喜びしてますよ。

ただ、今回の騒乱、海外のメディアが、
「好き勝手に、言い放題」
しているのは、タイで長年暮らしてきた一人として、ちょっと憤りを感じました。
“たまには、女房の悪口を言うこともあるけど、それを、「他人」に言われると、腹が立つ”
まあ、そんなところでしょうか。

5月17日付の、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は、
「政治が、富の増大と、同じ速さで発展することができなかったことが、背景にある」
と論評しているそうですが、一ヶ月の家賃が数万バーツもする高級コンドミニアムの窓から、下界を見下ろして暮らしている特派員に、
“タイの本当の姿”
なんか分かるわけもなし、しかも、この記事を書いた記者さんは、騒乱の激化以来、
「アパートでも、体に合わない防弾チョッキとヘルメットを着用して、過ごしている」
んだそうです(変態か?)。
衝突の、しかも、一番危険な中心部の取材に出かけ、人が倒れている横で、嬉しそうに、カメラを構えている白人ジャーナリストの群れを、報道番組で見るにつけ、
「流れ弾、飛んでけー!(宮尾すすむ風、古過ぎ?)」
と、私は思ってしまうわけです。

また、同日付の、ウォール・ストリート・ジャーナルには、
「今回の騒乱を、国王が収拾できなかった現実を目の前に、人々は、タイが目指すべき民主主義システムのあり方を、模索し始めた」
と書いているそうですが、うちの近所に住む、おばさんは、
「民主主義?そんなもんは、関係ない。とにかく、タクシンが悪い」
の一点張りで、まるで聞く耳を持っていません。どこから見ても、「模索」してるようには、思えないんですけど・・・。
「国王が死去した後の、国の姿を憂慮し続けたタイ国民は、その姿を垣間見ることになった」
とも書いていますが、確かに憂慮してるのかもしれませんけど、結局のところ、
「あの息子さん、なんとかならん?」
という方向に、話は向かい、
「そういえば、また、新しい・・・」
「今度の女は・・・」
「なんか、新聞に、写真載っとったよ」
と、どんどん話題は、三面記事に向かい、最終的には、
「王様は、次で、10代目だから、今月の買い目は、1と、0だ!間違いない!」
最後は、数字当て宝くじの、「当選番号」に、話は落ち着くわけです。
そして、そんなタイが、私は大好きなわけです。
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by phuketbreakpoint | 2010-05-29 10:10

鬼刑事再び

「どう、元気?」
真っ黒な、まん丸顔に、人懐っこい笑顔を見せて、6万バーツ盗難事件を見事解決した、鬼刑事アカラポーンさんが現われました。
この日も、例によって、ジーンズの上は、着古したチェックの赤シャツという、トゥク・トゥク・ドライバー・ファッションに、身を包んでいましたから、すぐには思い出せませんでしたが、確かに、あのときの刑事さんでした。
「で、今日は何を?」
私が尋ねると、隣りにいた、スタッフのミヤオが、
「お客さんの携帯電話が無くなったので、防犯カメラを見に来たそうです」
そう教えてくれました。

ブレイクポイントでは、お客さんの忘れ物は、宿泊客であろうが、食事客であろうが、全部取っておくようにしていますから、開業以来、こういった問題は起こりませんでした。
「携帯が無くなった?どっかで、忘れてきたんじゃないの?」
過去の例では、そういうパターンが多かったので、私は軽く考えていたのですが、相手の女性は、
「防犯カメラで、確認してちょうだい」
と譲りません。
まあ、専門家のアカラポーンさんもいることですし、
「一応は、やってみましょう」
と、隣の2階でモニターを見ることになりました。

・お客さんが入ってくる。
・オーダーを取る、ミヤオ。
・ミヤオが料理を持ってくる。
・食事が終わり、携帯で電話をかける女性。
・電話が終了。
・携帯を、テーブルに置く。
・その携帯で遊ぼうとする赤ちゃん。
・携帯を移動させる女性。
・席を立ち、お店を出る3人。
・放置される、テーブル。
・別のお客が、近くのテーブルに座る。
・ミヤオが、テーブルを片付ける。
・去っていく、ミヤオ。

テーブルに近づいたのは、ミヤオ一人、しかし、特に怪しげな動きはなく、普通に仕事をしているように見えます。
「うーん、どうかなあ・・・」
アカラポーン刑事も、決め手がないようで、もう一度再生することになりました。

・女性が携帯で、会話を始める(ここからスロー再生)。
・赤ちゃんが、携帯を奪おうとする。
・会話終了。
・赤ちゃんを気にしながら、携帯を机に置く女性。
・それを奪おうとする、赤ちゃん。
・携帯を移動させる、女性。
(画像が鮮明でなく、携帯の位置が確認できない)
・お客さんが、席を離れる。
(携帯を持っていったかどうかは、不明)
・ミヤオが、テーブルを片付ける。
・ミヤオが、テーブルを離れる。

「ほら、やっぱり、ミヤオじゃないでしょ」
私が、そう言おうとしたら、アカラポーン刑事は、この前の事件のときのように、
「よし、判った」
それだけ言うと、席を立ち、お店に方に歩いていきました。
「判ったって、何が判ったんだ?」
私は、そう思いましたが、お店に戻ると、アカラポーン刑事が、ミヤオを尋問しています。
(ミヤオを疑ってるのか?そりゃあ、違うんじゃないか。今度ばかりは、刑事さん、見込み捜査の失敗ですよ・・・)

ミヤオは、ブレイクポイントで働くようになって、約1年で、特に大きな問題はありませんでしたから(小さな問題は、いっぱいありますが、目をつぶります)、私は彼女を信じていました。
「刑事さん。この子は、ちょっと、口は悪いですけど、働き者の、いい娘ですから、信じてやってくださいよ」
私は、情状を説明し、なんとか、彼女の「無実」を晴らそうと、一生懸命喋っていたのですが、
「あんたの気持ちは、よく判るんだけど・・・・、彼女、もう、自白しちゃったよ」
「えー!?ホントですかー?」
なんとも言えない、バツの悪さが、私とミヤオの間を漂って、白々とした沈黙が、ゆっくりと流れていきました。
「ボス、すいませんでした」
ようやく、口を開いたミヤオは謝ってきましたが、返す言葉が見つからなかった私は、
「うん、うん」
と頷くのが、精一杯のリアクションでした。

ちょうど、ハイシーズンも終わって、
「やれやれ」
といった時期でしたが、まだまだ人手が必要で、一人欠けても、シフトを組むのは大変でしたから、ミヤオに抜けられると非常に痛かったのですが、問題が起こった以上、彼女を、ここで働かすわけにもいきません。
私は、涙を飲んで、ミヤオのクビを切りました。
6万バーツ事件のクックと違って、あの子には、悪い印象はなく、まったく疑いの目を向けていませんでしたから、刑事さんにも、相手の女性にも、
「うちのスタッフが、そんなこと、するわけないじゃないですか」
と大見得を切っていたのですが、ミヤオが、アッサリと口を割ってしまい(タイ人らしく、シラを切り通してちょうだい!)、私自身も、面目丸つぶれの事件でした。

落し物、忘れ物をネコババするのは、もちろん、いけないことです。
でも、タイでは、失くした物が、すんなりと出てくるとは限りません。田舎に行けば、行くほど、その辺に置いておいた物が、ドロンと失くなってしまうのは、よくあることで、まず、出てくることはありません。
あのとき、もし、女性が携帯を忘れなければ・・・・、
あのとき、もし、ミヤオ以外のスタッフが、机を片付けていたら・・・・、そして、
あのとき、もし、捜査に来たのが、アカラポーン刑事でなかったら・・・・、
数週間が経過した今でも、そう考えてしまいます。

それにしても、あのオッサン(アカラポーンさん)、風貌に似合わず、腕の方は、確かなようです。
相変わらず、事件化しないで、示談でまとめてしまうのは同じでしたが、今度、盗難事件が起こっても、状況によっては、彼を呼ぶのを躊躇してしまうかもしれません。
3ヶ月しかない、大切なハイシーズンの真っ只中で、貴重なスタッフが、もし、しょっ引かれでもしたら、大変です。
「お客さん、犯人は、絶対に挙げますから、警察に連絡するのは、3ヶ月だけ、待ってもらえませんか?」
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by phuketbreakpoint | 2010-05-14 19:36