タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

<   2006年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

ミラクル運ちゃん

1992年4月、
ラントムの実家(ソンクラー県ラノット)を訪れようと、私はソンテオ(乗り合いバス)で、プーケット・タウンの外れにあるバスターミナルに向かっていました。
パトン・ビーチからプーケット・タウンに行くには、トゥクトゥクやバイクタクシーを利用するのが一番手っ取り早い方法ですが、値段が高いので、私は、ほとんど使ったことはありません。バンコクでは、ようやく気合いを入れることなしに、タクシーに乗れるようになった私ですが、やはり、プーケットのトゥクトゥクは、タクシーより格下の割には高い、という思いがあるのでしょう。ソンテオは、お金を倹約したい人にとって、最も安く行ける方法なのです。

パトン・ビーチ~プーケット・タウン間のソンテオは、朝6時から夕方6時まで、約30分間隔で運行されていますが、タイムテーブルがありませんから、出発時間も、到着時間も、各ドライバーの、その日の気分で、どんどん変更されてしまいます。いつもより、早く出てしまった便の後で、次の便のドライバーが、ちょっと遅く出発してしまうと、40分以上も、間が開いてしまうことがあります。この日も、バスが来るまで30分以上待っていました。

そんなソンテオですが、いったん動いてしまうと、到着までの時間は、だいたい、どの車両も似たりよったりで、乗り込んだ時点で、終点への到着時間は、だいたい予測することができます。パトンからタウンの終点までが約40分、そこからバイクタクシーかトゥクトゥクで、ボーコーソー(バスターミナル)まで約5分、ハジャイ行きのバスが出る時間が10時ジャストですから、この日もまだ、20分以上、余裕があるはずでした。

乗り込んでしばらくの間は、なんのトラブルもなく、バスは順調に走っていました。
ところが、山を越え、カトゥーの交差点を曲がってしばらく行くと、動かなくなってしまいます。最近でこそプーケットも、朝と夕方の通勤時は渋滞するようになりましたが、当時は事故でも起こらない限り、車が詰まることは、ほとんどありませんでした。
「なんか、詰まっちゃてるねえ。大丈夫かなあ」
心配顔で、私がラントムに話しかけると、
「キンチェーやってるわ」
と彼女は答えます。ガイドブック等では、プーケット・ベジタリアン・フェスティバルという妙な名前で呼ばれているこのお祭りは、約1週間の期間中、肉や魚を摂らず、精進料理だけを食べて、体内にある毒素を洗い流し、身を清めれば、1年間何事も無く、幸せに暮らせるといわれています。

「ボクは毎年、キンチェーの間、神様と一体になれるような気がするよ。キンチェーのおかげで、ボクはすっきり、爽やかな気持ちになれるんだ」
看板屋のトングさんが、以前そんなことを言ってましたが、この1週間以外は、毎日のように酒を飲み、事業資金まで飲み代で使ってしまって、後で困り、いつも金策に走り回っているこの人に本当に必要なのは、1年に1回のキンチェーというよりも、1年間、ずっと継続して後先のことを考える、常識的な判断力なのかもしれません。その点、ラントムのお父さんなんか、わずか1週間の禁欲生活くらいでは、もう手の施しようがないことは、本人にも、よく分かっていますから、
「オレは、やらない」
の一言で片付けてしまう、お父さんの態度は実に立派です。

キンチェーの期間中は、参加者の体内には神様が宿っており、肉体的な痛みは感じないそうで、頬っぺたに、いろんなものを突き刺した人(自転車やサボテンを刺してる人もいます!)を荷台に乗せたピックアップ(ダットラ)が、ゆっくり、ゆっくり街を流していきます。そんなキンチェー行列に、バスが捉まってしまいましたから、どうしようもありません。ピックアップの前後で歩いている人たちのスピードに合わせ、バスは、のんびり、のんびり走っていきました。

「これじゃあ、ハジャイ行きのバスに間に合わない。どうしよう」
バスを降りたところで、こうなっては、もう、どんな交通手段を使っても、この行列を追い越すことはできないでしょう。
「もう、ダメだ・・・・」
ほとんど諦めかけていたそのときでした。バスは、タイナーン・レストランの交差点に差し掛かり、
<キュルルルルルル・・・・・・・>
突然タイヤを鳴らしながらスピードを上げ、大きく右折して路線を外れていきます。
「どこに行くつもりなんだ!?」
バスは、しばらくチャオファー・ウエストを走っていましたが、今度は左折して、工事現場の中に入っていき、いつの間にやら、ただの空き地のようなところを走っていました。

一緒に乗っているタイ人の乗客たちも、不安そうな顔で外を眺めていましたが、ドライバーは、平然とした様子で、草ボウボウの空き地の中を、いつもと変わらぬ表情で運転していました。
「みんな、心配するなって。俺がちゃんと、アンタたちを、目的地まで送り届けてやるから」
そんな自信に満ちた表情にも見えます。空き地の奥には公園があり、ようやく舗装された道路に入りましたが、今度は道幅が狭い。幅2m余りのこの道では、もしも対向車が来れば、すれ違うことはできません。
「大丈夫なのか?」
心配していましたが、ラッキーにも対向車は現れず、バスは無事公園入口を通過して、チャオファー・ロードに入りました。ここからは、ちゃんとした一般道ですが、もし別のキンチェー行列に遭遇してしまったら、一巻の終わりです。
「どうかキンチェーに、ぶつかりませんように・・・」
その願いが届いたのか、バスは何事もなく、すんなりと終点のタラート・ソッド前まで辿り着くことができました。時計を見ると、9時55分を指しています。
「まだ5分あるぞ!」
バスを降りるや、私とラントムは、すぐにバイクタクシーを捕まえて、ボーコーソーに向かいました。バイクに乗ること4-5分、ボーコーソーが見えてきます。さあ、はたしてバスは、まだいるでしょうか?

時計の針は、既に10時を、3、4分過ぎていましたが、ハジャイ行きのバスは、動き出す気配すら見せず、止まっていました。
やりました!すべり込みセーフです。
こういうときに、時間がルーズなのは本当に助かります。わずか1分の遅れを取り戻すために、大事故になってしまった国もありますが、プーケットなら、そんな心配はありません。ちゃんと、遅れてくる人のことを気遣って(?)、待っていてくれるのです。なんと、ありがたい話なんでしょう。
このありがたみの影では、時間通り、ちゃんと来た人たちを待たせてしまう、というデメリットも、もちろんありますが、それも、せいぜい5、6分なんですから大目に見て下さい。

日本なら、バスが順路を外れただけで、ドライバーは「無法運転手」のレッテルを貼られ、新聞ネタにされて、轟々たる非難を浴びてしまうことでしょう。秘術を尽くして、乗客たちを、時間内に終点まで送り届けてくれたドライバーの肯定的な面は、すべて無視され、「ルールを破った不届き者」という否定的な面だけが強調されてしまうわけです。
タイや、タイ人の、「いいかげんさ」は、よく日本人がヤリ玉に挙げて、バカにしていますが、「いいかげんの持つ素晴らしさ」も、時として、ちゃんと存在しているのです。
「頼む、運転手さん、何とかしてくれ!」
そんな私の儚い願いを、いとも簡単に聞きいれ、実際に何とかしてくれた、あのおじさんの姿には、「感謝」という言葉以上のものが感じられました。
この「ありがたい国」で、暮らせる「ありがたみ」を、私は、あの日、初めて実感できたような気がします。
[PR]
by phuketbreakpoint | 2006-06-27 11:13
プーケット日本人補習授業校は、1999年の9月にスタートし、今年で7周年を迎えますが、私は、この度、恥ずかしながら三代目校長に就任することになってしまいました。
これには、特別な理由は何もなく、古くからいるメンバーの中で、比較的身動きがとれる、というだけの指名でしたが、それでも、就任したからには、ようやく軌道に乗ってきた補習校が、これからも、ずっと続けていけるよう、後任の方にバトンタッチできるまで、頑張っていこうと思っています。
しかし、小さいとはいえ、曲がりなりにも校長と呼ばれる以上、その品位を、汚すことがあってはいけません。それを考えると、身が引き締まる思いがしますが、幸いにも、前任者の松本さん(仮名)が、校長になる前は、汚しっ放しの生活でしたから、私も、ちょっと安心しているわけです。
そう、過去のことは忘れましょう。大切なのは、今ですね。

2003年4月東京、
「西岡さんには、いつもお世話になっていますから、今日は、私が接待させてもらいます」
半年振りに再会したよっちゃんが、そんなことを言ってきました。よっちゃん、というのは、わたしの20年来の親友の弟さんで、親友が結婚してからは、私は、自由がきく独身のよっちゃんと、付き合うようになっていました。しかし、お世話といっても、私は、彼がプーケットに遊びに来たときに、何回か一緒に飲みに行った程度で、特別に何をやったわけでもありませんが、「接待したい」と言っているのを、断る理由もありません。
「プーケットじゃ、オレばっかり、いい思いしてますから、今日は西岡さんに、思いっきり、羽根を伸ばしてもらいましょう」
思いっきり、羽を伸ばす・・・・? よっちゃんの、さり気ない一言で、私の胸は、大きく高鳴ってきました。

「西岡さんも、たまには、イカガワ系のお店で楽しんで下さいよ」
「イカガワ系・・・?」
それって、やっぱり、アレなんでしょうか。
「いや、私には、妻と子供がありますから、そんなお店に、行くわけにはいきません」
プーケットでなら、はっきりと、そう言ったであろう(たぶん?)私も、今日は東京の空の下で、1人の身です。そういえば、結婚するときも、ラントムには確か、こう言ったはずです。
「オレは、絶対に浮気しない。絶対に、プーケットでは、浮気はしない」
つうことはですよ、東京なら、あの約束を破ることにはならんわけですよ(男はたいがい、こういう動物です)。私は、よっちゃんに、「全部まかせるよ」と言って、彼の車に乗り込みました。

やってきたのは吉祥寺です。
車を降り、彼の案内で薄暗い路地の中に入っていくと、そこには、目映いばかりのチカチカネオンに照らしだされた、見るからに、そういったムード満載のお店が佇んでいました。しかし、恥ずかしい話ですが、ここがあまりにも、そのものズバリの雰囲気だったので、私は、次第にビビリ始め、足早に先を行く、よっちゃんを、慌てて呼び止めます。
「よっちゃん、ちょっと待って。オレ、なんか緊張してきちゃったよ」
「本当ですか? 西岡さんでも、緊張することなんかあるんですか」
とにかく、こんなにカチンカチンじゃあ、下半身がカチンカチンになりそうもない、というので、私は、よっちゃんを引きずるように、路地の入り口まで戻り、そこにあったファミリーマートに飛び込みました。
「さけっ、酒ちょうだい・・・。ウイスキー? うん、それちょうだい」
私は、ジャックダニエルのミニボトルを一本買うや、それを一気に、半分近く胃袋に流し込みました。
「どうしたんですか。西岡さんも、意外とウブなんですねぇ」
よっちゃんが言うとおり、実は、私は日本で、女がいるお店には、ほとんど行ったことがありませんでした。

ファミリーマートの店頭のゴミ箱の上に、ウイスキーのボトルを置いて、よっちゃんと10分ほど深呼吸しながら話していたら(いい大人が、こんなところで一体何やってるんでしょう)、ちょっと落ち着いてきました。
「どうですか、西岡さん、そろそろ、大丈夫ですか?」
車酔いした子供をあやすように、よっちゃんは聞いてきましたが、ウイスキーが、ちょっと回ってきたのか、私も、だんだん、エロモードになってきました。なんだか、闘志が湧いてきましたよ。
私は、両手の平で、顔面をパンパンと2、3度強く叩き(よく相撲取りがやるやつです)、よっちゃんの目に、ギラっとした視線を投げかけるや、
「よっしゃー、じゃあ、行こう!」
と、高らかにゴー・サインを出しました。優勝決定戦に挑む、初代貴乃花のような心境で、私とよっちゃんは、再び花道・・・じゃなかった、路地の中に突っ込んでいきました。

いよいよ、チカチカネオンの看板の真下です。階段を上っていくと、ボーイさんが、ニギニギしく迎えてくれました。
「らっしゃいませーっ、御指名は?」
どう答えていいか分からず、口ごもっていると、よっちゃんが横から、「写真で選ぶから」と答えてくれました。入り口脇のボードには、女の子の写真がベタベタと張ってあり、その中から1人選ぶシステムのようです。しかし、キンキラキンの頭で、ケバケバ顔の写真がズラッと並んでいて、一体、どの娘を選んでいいのやら、と思っていたら、お店の中からスクールユニフォームを身にまとった小柄な女の子が、お客さんを見送りに、入り口まで出てきました。
「この子、けっこう可愛くない?」
私は、隣のよっちゃんに、そう声を掛けましたが、彼は一言、「そうですね」とだけ答えました。「そんなもん、自分で判断しろ」と言いたかったのでしょう。

「あの・・・、今の子が、いいんですけど」
私がそう言うとボーイさんは、
「36番、みらいさんですね。大丈夫です。すぐ入れます。さあ、中にどうぞ」
よっちゃんは、写真の中から、このお店のナンバー2の女の子を、30分待ちで指名したようです。待合室に、よっちゃんを残して、私は、さっそくお店の奥のシートに通されました。このとき、付き添いのよっちゃんと別れてしまい、実に心細い思いがしたのを覚えています。初めて幼稚園に連れていかれた子供が、お母さんと離され、先生に手を引かれて部屋の中に入っていくときの心境だったかもしれません。

ドキドキドキドキドキドキドキドキ・・・・・・・・。
ウイスキーのおかげで、ちょっと落ち着いたとはいえ、ずっと鳴り続けている心臓の鼓動が、いっそう激しさを増してきました。しばらくすると、さっきの女の子が、私のシートにやってきます。
「こんにちはー、初めまして」
彼女は、いきなり私に密着して座ってきました。こういうお店ですから、当たり前なんですが、私は、更に緊張してしまいます。バングラーで、タイ人の女の子に密着されても、何ともありませんが、この日は、相手が日本人だと思うだけでドキドキしてしまいました(お前は、タイ人か!)。しかし、考えてみれば、日本人の女の子と、こんなに密着したのは、十数年ぶりなんですから、それも仕方ありません。古巣の川に帰ってきた、サケの気持ちがよくわかりました。

私は、ガチガチで何を喋っていいのかわかりません。
「えーと、名前は・・・、名前は、なんていうんですか?」
こんなところで敬語使っちゃってます。これじゃあ、初めて女の子と口をきく、中学生とかわりありません。
「みらいです」
彼女がそう答えると、私は、また次のセリフを考えねばなりませんでした。
「えーと・・・、年は、いくつなんですか?」
アホか、お前は!見合いやってるわけじゃないだろうと、もう1人の私が、すかさず、ツッコミを入れてきますが、どうすることもできません。そして、私は、彼女の次の一言で、トドメを刺されてしまいます。

「ジューキュー」
彼女はバッサリと、私をブッタ切るように、そう答えました。先ほど入り口でチラッと見かけたとき、この娘がかなり若いということは分かっていましたが、それにしても19です。
「ジュっ、ジューキュー? ジューキューって、やっぱり、19のことか? えーと、ちょっと待てよ、19っちゅうことは、19年前に生まれたんだから、オレは、そのとき何歳だったんだ・・・。いや、19は、3じゃあ割り切れないんだから、1余って、答えは・・・・」
彼女の、たったの一言が、私の脳内を完全に破壊しつくしてしまったようです。

あまりの興奮で、意識が半分飛んでしまった私は、もう、わけがわからなくなっていたのですが、彼女は、「こんなオヤジ、とっとと片付けてしまいましょ」とばかり、おもむろに「仕事」にとりかかってきました。
彼女は、アレヨ、アレヨという間に、私の唇を奪い、アレヨ、アレヨという間に、着ている服を、すべて脱ぎ捨ててしまいます。
「ちょ、ちょ、ちょっと、まっ・・・・」
私が言い終わらぬうちに、彼女は、「仕上げ」に入るのでした。有無を言わさぬ、彼女の流れ作業に、私は、もう、波間に漂う小船のように翻弄され、なすがままになってしまいます。
「アららら・・・・・」、こんなことも・・・・。
「ホろろろ・・・・・」、あんなことも・・・・。
「ヘレれれれ・・・・・」、そんなことまでやっちゃって、いいんですか?
そして、私は、アレヨ、アレヨという間もなく、あっけなく終わってしまいました。いや、終わらされてしまいました、無理やり。ご対面から計っても、5、6分くらいだったと思います。
「一丁あがり!」
アッサリと仕事が終わり、彼女はきっと、心の中で舌を出し、両手をパタパタと叩いていたのではないでしょうか。

悪いことをしてしまいました。
「正味3分ほど」だったとはいえ、「過ち」を犯してしまった私は、深く反省し、30分後に、遅れて出てきたよっちゃんと、近くの居酒屋に入って、笑顔いっぱいの反省会をやりました。
しかし、これからは、こんなことは、2度とあってはいけませんね。プーケットで暮らす邦人の大切なお子さんたちを預かる身となるわけですから、清く、正しい校長先生でなければいけません。
自重自戒、私は、この言葉を噛み締めるように、任務を遂行していこうと思っています。
過ちは、けっして繰り返しません・・・・・、プーケットでは!
[PR]
by phuketbreakpoint | 2006-06-26 11:04

栄光のアディダス

プーケットに来て、まだ日が浅かった頃、中国系タイ人が経営する商店を見て、気が付いたことがありました。
従業員に指示を出したり、お客の相手をしたり、電話を受けて注文を取ったり、代金をもらって、お釣りを出したり等、商売に関することは、ほとんど、すべて奥さんが仕切っていて、小さな子供がいる場合は、子供の面倒まで見ています。それでは、亭主は何やっているかといえば、周りでウロウロというか、ブラブラというか、近所のおじさんたちとバカ話していたり、椅子に座ってテレビを見ていたりで、仕事らしい仕事といえば、銀行に行っての入金確認と送金くらいです。
「どうしてなのかなあ」と、長年、不思議に思っていましたが、最近ようやく、そのカラクリが分かってきました。男たちは、確かにブラブラして、ほとんど働いている雰囲気はありませんが、流行っているお店になればなるほど、そのブラブラには、はっきりと、1つの条件が付いているのです。
彼らのグータラ、ブラブラは、あくまで奥さんの目が届くフィールド内に限定されており、男たちは、この絶対条件を満たしながら、働く奥さんたちに安心感を与え、日々の業務を円滑に運ぶための潤滑油のような存在になっているように感じます。逆に言うと、この条件を満たしていない場合は、大変なことになってしまうということですね。

 レストラン「チェリー(仮店名)」を経営する石井さん(仮名50歳)は、そのおかげで、何度となく、とんでもない目に遭わされています。
この人は、仕事が終わった後、視察と称して、よくバングラー方面に出張していきますが、これは明らかにフィールド外で、奥さんの守備範囲から完全にはみ出しています。朝帰りしたある日、とうとう待ち構えていた奥さんに、バッサリやられてしまったようで、背中に刀傷ができてしまいました。しかし、石井さんは、そんな目に遭いながらも、まったく反省する様子がなかったようで、同じようなことを繰り返しているうちに、刀傷は、アッという間にアディダスに。それでも、まだ懲りていないようですから、そのうちに星条旗のような背中になってしまうことでしょう。

タイの人は、男も女も、逆上すると、すぐに凶器を手にして、実際、これを使ってしまいますから、タイ人と付き合っている人は注意したほうがいいと思います。カッとなったそのとき、視界に入る一番強力な凶器を、とっさに手に取り、攻撃を仕掛けてきますから、死にたくない人は、決して自分の奥さんや彼女を、けしかけたりしてはいけません。
昨年まで、パトンビーチでナイトクラブを経営していた佐野さん(仮名36歳)も、些細なことからタイ人のガールフレンドと口論となり、カッとなった彼女は、近くに置いてあったビール瓶を手に取りました。
「タイ人にしては、ずいぶん控えめな凶器だなあ」
と思ったのも束の間、彼女は、ビール瓶の口の方に握りを反すや、瓶の底の部分を壁にぶち当て、カチ割ってしまいます。ビール瓶は、一瞬にして残忍な凶器に姿を変え、彼女は、ギザギザになった部分を佐野さんに向けて、威嚇していたそうですが、こういうケンカのやり方は、日本では、ヤクザ以外はしないでしょう。

私も何度、女房のラントムに殺されかけたことか・・・。
金属製の中華包丁を、手裏剣のように使っていたラントムは、ある日、とうとう、これを真っ二つに叩き折ってしまいました。投げた包丁が、コンクリの柱に当たってしまい、柄の部分からポッキリと折れてしまったのです。
「当たり所が悪かった」
と本人はごまかしていましたが、それでは、私に当ってしまったときは、何と言うんでしょうか。
どこに飛んでいくかは運次第の、彼女の手裏剣攻撃は、刃物が彼女の手を離れてしまったら、もう防ぐ手立てはありません。結婚当初は、私も、そういった攻撃は想定外でしたから、ずいぶん無謀なことを言ってしまったものです。
「やれるもんなら、やってみい!」
そう啖呵をきった次の瞬間、グサっと、私の頭の右50センチほどのところで、中華包丁が棚に突き刺さっていました。一時は、真面目に、真剣白刃取りの練習をしようかと思ったこともありましたが、もっと、いい方法を考えつくことができました。危ないときは、すぐに一番近くにいる子供の背後に隠れてしまえば、やられることはありません。安全地帯ですね。これは、かなり確実な防御法ですから、みなさんも覚えておいて損はないと思います。

それでもラントムは、きよみの後ろで逃げ隠れする私に向かって、中華包丁片手に、今にも切りかからんばかりに叫びます。
「きよみを離せ」
「いやだ」
「早く離せ」
「いやだ、離したら殺される」
「いいから離せ」
「絶対に離さん」
殺し合いのような親のケンカに挟まれ、間にいるきよみは、怯えて泣き続けていますが、ここで彼女の迫力に押されて、この子を手放したら最後、手裏剣が飛んできますから、こっちも必死です。専守防衛に徹していた私は、あの包丁が折れてしまったときは嬉しかったですねえ。もう多少不便なことがあっても、大型の包丁は、2度と買いません。

しかし、こういう修羅場になってしまうのも、私がタイ人の夫婦喧嘩のやり方を、未だに理解していないせいなのかもしれません。もう何十年も、とんでもないことを、やり続けているラントムのお父さんですが、お母さんから、そんなひどい目に遭わされたことは、ただの一度もありません。タイの夫婦喧嘩には、何か暗黙のルールみたいなものがあって、男性側が、必ずとらればならない「お約束」のリアクションがあるようですね。それをやらないから、あるいは間違ったリアクションをしているから、彼女は、ますます逆上してしまうのでしょう。

彼女にとって、私の行動や言葉が正しいのか、間違っているのか、そんなことは、どうでもいいようです。
「私がこれだけ怒っているのに、なんでアナタは、そんな態度なのよ」
と、そう言いたいのかもしれません。お父さんのように、決して逆らうことなく、ひたすら低姿勢で、じっと嵐が過ぎていくのを待ち、お母さんの怒りが、ほんの少し弱まった頃を見計らって、すぐに密着し、一生懸命尽くして、どんなことがあろうとも、決して5m以上離れることはありません。サッカーの日本代表にも、これくらいマンマークできる人がいれば、絶対に失点しないでしょう。
この密着マークを2-3日続けているうちに、お母さんの怒りは、だんだんと収まり、また元のサヤに戻ってしまうわけです。しかし、30年もの間、いつも同じ手口で騙されてしまうお母さんの性格にも、困ったものですが・・・。

どんな大暴風雨でも、じっと我慢して、耐え忍べば、いずれは通り過ぎて、また青空が戻ってきます。子供の頃から、ずっと自然の中で暮らしてきたお父さんには、それが分っているのでしょう。
私も、そんなお父さんを見習うべきなのかもしれません。
[PR]
by phuketbreakpoint | 2006-06-15 10:50

ど真ん中直球勝負だ

1984年8月、ハンブルグ駅の構内で時間待ちしていた私に、初老の白人紳士が声をかけてきました。
「これから どこに行くつもりなの?」
「夜行で、コペンハーゲンに行こうと思っています」
ごくありふれた会話を交わしているうちに、次第に話は旅から離れ、私自身のことに変わっていきました。
「キミは、なかなか、いい体してるじゃないか」
「はあ・・・・、ありがとうございます」
「本当にキミは素晴らしいよ。よかったら、うちに来ないかい?うちには部屋はいっぱいあるから、何泊だって泊めてあげるよ。もちろん食事付きだ。お小遣いもあげようじゃないか。とにかく、キミは素晴らしいよ。本当に素晴らしい!」
あまりにも、うまい話でしたから、私は、やんわりと断りましたが、この人が悪い人には見えなかったこともあり、ちょっと心が動いたのも事実です。
でも、誘いに乗らなかったのは、正解だったようですね。その後、コペンハーゲンで出会った日本人の男性旅行者は、まったく同じような話を、私に聞かせてくれました。そして、この人は、一緒についていってしまったそうです。

彼の話では、白人紳士の言葉に嘘はなく、本当に至れり尽くせりの歓待を受けていたのですが、何泊か泊まったある夜のこと、彼が酔っ払って寝ていたら、
「なんか、乳首の辺りがチロチロしてるなあ、と思っているうちに・・・・」
・・・彼は、慌てて振りほどき、逃げ出したそうですが、さんざん世話になってるんですから、多少のことは、我慢してあげなくっちゃ、可愛そうですね。
それでも、私は、あの初老男性のことは、今でも悪く思ってはいません。だって、この人は、私のことを、「素晴らしい!」と、何度も絶賛してくれたのです。当時、私は22歳、それまでの人生で、いや、それ以降にも、私のことを、そんなに褒めちぎってくれた人は、この人以外には、1人としていませんでしたから。

プーケットには、わかっているだけでも、子供を含めて300名以上の日本人が暮らしています。若い世代では女性が、年長者、リタイア組は男性が多く、女性たちの多くが、タイ人の男性と結婚し、子供を作って育てています。
日本で、こういう話を聞くと、遊び好きの女の子が、イケメンのロコに引っかかって、貢がされている、といった話と同列に考える人もいると思いますが、プーケットの場合は、かなり事情が違っていると思います。もっと世知辛く、所帯じみた話がほとんで、遊び感覚の人はあまりいません。
相手のタイ人男性は、一部例外もいますが、容姿は極めて平凡な、どっから見ても、ただのオッサンにしか見えない人が多いのです。ルックスのいい男性は、「女の方から、アプローチしてくるだろう(注、タイの女性は極めて積極的です)」といった頭があるようで、自ら積極的には動きませんから、こういう結果になるのでしょうか。

プーケットで暮らす日本人女性の多くが、経済的には、あまり恵まれているとは言えず、ホテルやツアー会社等で働きながら、一生懸命生計を立てています。こんな所で苦労を背負い込まなくても、日本でいくらでも幸せに暮らせるだろうに、とも思いますが、それは裏を返せば、彼女たちの求めるものが、日本にはない、ということなのでしょう。
プーケットはビーチリゾートですから、否応なしに、ロマンティックなムードが盛り上がってしまうのは当然ですが、日本の女性たちに、そう思わせる何かが、この島には、存在しているということです。

「キレイですね」
こう面と向かって言われたことのある女性は、果たして日本に何人いるのでしょう。自他共に認めるような美人でも、せいぜい、「可愛い」と言われる程度ではないでしょうか。
やはり、「綺麗」とか、「美しい」といった表現は、「愛してる」と同じで、あまりにも、言葉の響きがヘビーですから、言っている側も、聞いている人も、現実的にイメージすることができません。存在するが、使用することはできない、まるで核兵器のようなものだとも言えます。

ところが、これがタイの男の手にかかると、突然、魔法でもかけたように、リーズナブルな言葉に大変身し、まるで、ヨドバシカメラの店員さんのように、ポンポンと威勢良く、ごく自然にさり気なく、しかも、ちゃんと意味、内容のある言葉として、命が与えられてしまいます。まるで、花火を打ち上げるように、簡単に核を使用してしまうタイ人男性を見ると、
「キミ、それはルール違反じゃないか」
と意見したくなりますが、これでは核を知らない日本人女性は、ひとたまりもありません。

初球、まさかの、ど真ん中直球で、2球目も、まったく同じコースにストレート。
「まさか、3球目も、同じでは・・・」
と思っていたら、やっぱりそうで、ビックリしているうちに三球三振だ!今や日本で、そんな配給をする男性は、皆無ですから、これでは勝負になりません。タイの男性は、変化球なんか見向きもしないで、ストレート一本で押しまくります。

ともすれば、白々しく聞こえる彼らのセリフですが、それが全然、そんなふうに感じられないのは、やはり、相手を憧れる素直な感情が、そこにあるからなのでしょう。タイ王国での日本女性の人気は、群を抜いており、我々の想像を遙かに超えるものがあります。
「日本の女性と結婚したい」
と願望する男性が多く、中には、まるで芸能人と接するかのような態度の人もいますから、彼女たちの心が傾いてしまうのも仕方ありません。多少の胡散臭さはあるとしても、
「日本人女性最高!アナタも最高!」
というタイ人男性と、日本人男性を比較した場合、これは誰が考えたって、タイ人男性に靡いてしまうでしょう。

私も、女房のラントムには、コロッとやられてしまいました。付き合い始めた頃、「あなたが本気で気に入ってるのよ」的な、分かりやすい彼女の態度が、とても新鮮に感じられたのです。言葉がうまく通じないのは、恋愛の中で、大きなハンデになると思われがちですが、そのハンデがあるからこそ、表現が直線的で、分かりやすくなるのかも知れません。私自身、プロポーズの言葉なんて、言わなかったと思いますが、付き合い始めてすぐに、
「ラントムを日本に連れてってやるぞー」
とぶちまけ、彼女も、
「日本?行く、行く、行く・・・」
とすぐさま応じ、ムードも何もありませんでしたが、そんな分かりやすい彼女が、私には無性に、いとおしく感じられたものです。

片や、日本に目を向けると、みんな恋愛に関しては、消極的な人が多いですね。失敗しないようにと、じっくり相手の気持ちを見極めてから、慎重に事を運ぼうとするようです。カミカゼや、ハラキリの国のはずなのに、当って砕けろ、の潔さが微塵もありません。うちで働いている、オカマのテンちゃんの爪の垢でも飲ましてやりたいものです。彼女なんか、もう砕けっぱなしで、毎月のように、男に捨てられては、落ち込んでいますが、すぐに立ち上がって、再び勝負にいきます。すごい根性ですね。タイ人は、男も女も、年齢なんか関係なく、積極果敢で、「へこたれる」という言葉を知りません
「この人と一緒になって、幸せになれるのかしら・・・・」
タイ人は、そんな無駄なことは考えませんね。こんなもん、いくら考えたところで結論が出るわけでもなし、そんなことを考えているヒマがあれば、とっとと、橋を渡ってしまえ、というわけです。しかし、渡っちゃった後に、「しまったー、やっぱりダメだったかー」
と、すぐに諦めて、戻ってきてしまう人も多いのですが・・・・。

日本人の慎重さ、これは恋愛だけの話ではありません。
ちょっと前に、ライブドアがプロ野球参入を拒否されたときもそうでした。ちゃんと、やっていける会社かどうか、審査する必要があるんだそうです。70年前、正力松太郎さんが巨人軍を作って、プロ野球を始めたとき、ちゃんと、やっていける自信があったんでしょうか?出たとこ勝負だったんじゃないですか?
終戦直後のあの時代で、12球団できたのに、21世紀の今になって、その数が減りつつあるというのは、どう考えても、おかしな話だと思います。ちゃんと、やっていけなくったって、どうってことないじゃないですか。
実力のある選手なら、黙ってたって他のチームが誘いにきます。そうじゃない人は、淘汰されていくわけですが、それは、厳しいプロの世界なんですから、当たり前でしょう。
考えてもどうしようもないことを、グジグジと考えているうちに、時間ばかりが流れていってしまう。それが今の日本の姿なのかもしれません。とにかくみなさん、気楽にいきましょうよ。

 - 後は野となれ、山となれ -
日本では、ダメなパターンの典型として使われる言葉ですが、時には、こういった開き直りの精神も、心のどこかに、置いておく必要も、あるんじゃないかな、と思うこの頃です。
[PR]
by phuketbreakpoint | 2006-06-14 12:15

ネチネチいくぞ!

ボロ負けです。
わずか6分間で、「あっ!」、という間もなく、3失点。これでは、ジーコ監督の必殺技を出すヒマもありません。
しかも、オーストラリアのヒディング監督が、
「この勝利を、韓国のファンに捧げる」
なんて言っているんですか?
その発言、絶対に許せません。目にもの見せてくれるは・・・。オーストラリアは、絶対に決勝トーナメントには行かさないぞ!
こうなったら、次のクロアチア戦を、イヤがらせで、0-10で負けてやる
どうだ、まいったか、ざまあみろ!
日本をナメていたら、こういう目に会うのだ!!ワハハハハ・・・・!!!

今を去ること3年前の、2004年7月31日。
この日は、サッカー・アジアカップ準々決勝、日本対ヨルダンの1戦が行なわれました。
試合開始約15分前、アラブ系のカップルが入店してくるや、テレビの真正面にあるカウンター席に腰を下ろし、チャンネルをサッカーに替えるように、スタッフに言ってきました。
「サッカーですか?今夜は、アジアカップやってますね。プーケットは、初めてなんですか?」
近くにいた私は、ニコやかに、この2人と話し始めます。ここらあたりまでは、ごくごく普通の、客とお店の主人の会話だったと思いますが、
「どこから来たんですか?」
という、私の不用意な一言によって、話は、しだいに変な方向に向かっていってしまいました。

「ウイアーフロム・ヨルダン」
2人の返答に、「あちゃー・・・」と、思っていたら、彼らは、私の顔を、マジマジと眺めたあと、こう続けました。
「アーユー・フロム・タイ?」
私の顔がタイ人には見えなかったようですが、「タイ人か?」と聞かれてしまったら、「そうだ」と答えるわけにもいかず、私は、正直に、自分が日本人であることを伝えました。
私の答えを聞いて、彼らは、「やっぱりそうか」という表情をしながら、大きくうなずいていましたが、そのとき、キラっと目が光ったような気がしたのは、私の思い過ごしでしょうか。

店内が忙しくなってきたこともあって、私は、サッカーのテレビ中継を見ることもなく、各テーブルを回っていました。
いつの間にやら、試合は始まっていたようですが、わずか11分で、ヨルダンの先制です。手を叩いて、大喜びするヨルダン・ペア。男性が私に向かって、すかさず、Vサインを送ってきます。
ムカッ、ときましたが、こういうのを相手にしていると喧嘩になってしまいますから、その後は、極力無関心を装い、テレビに目を向けないようにしていました。

その3分後です。
「あーあ・・・」
ガッカリした2人の声につられて、画面に目をやると、どうやら、日本の同点ゴールが決まったようです。しめしめ・・・、と思いながらも、私は、やはり、無関心を装い続けました。
その後も、ヨルダンがチャンスになる度に、「よし行けー!」と、2人の大声が店内に響き、それが、その後、「あーあ」という大きなため息に代わります。2人が、しーんと、静まり返っているときは、日本が攻め込んでいる時間なのでしょう。テレビを見ていないのに、2人の反応を聞いているだけで、私には、試合の流れが手にとるようにわかりました。

試合は、1-1のまま後半に入り、決め手のないまま、タイムアップして、延長戦に。
ここでも、「それ行けー」と、「あーあ・・・」と、「しーん」が繰り返されているうちに、再びタイムアップで、今度はPK戦になりました。
ここまできたのなら、何が何でも日本に勝ってもらいたかった私ですが、2人も、かなり頭に血が上ってきていますから、
「私は、サッカーなんか興味ないんですよー。どっちが勝っても、いちいち、私に振ってこないでねー」
という表情を改めて作り直して、仕事を続けました。

その2分後です。
「ワーっ、やったぞー!」
という歓声と共に、男性は再び、Vサインを私に送ってきました。どうも、日本の1人目が外してしまったようです。
その後、しばらくしてまた、「ワーっ」と大声が聞こえてきました。これは、ヨルダン1人目成功ということなのでしょう。
そして、その1分後、この日、一番大きな歓声が私の耳に入ってきました。日本は、2人目も失敗してしまったようです。他のテーブルで見ている白人ツーリストまで、ヨルダンの応援にまわっているようで、店内は大騒ぎでした。2人とも、もう勝ったように大喜びしています。
私も、このときは観念しました。
「C国のファンに、やじり倒された上に、PK負けか・・・・」
しかし、その間にも、我らがジーコ監督は、ひるむことなく、南米特有の粘っこいキャラをフル稼働させ、主審に、ネチネチとクレームをつけていたようで、ゴールを、反対側に代えさせていました。
さすが、因縁の神様・・・じゃなかった、サッカーの神様だ!

これが効いたのか、「ワーっ!」ばっかりだった店内は、その後、「ワーっ」と、「しーん」が半々になり、そのうち、「しーん」ばっかりになって、最後は、お通夜みたいな雰囲気になっていました。
私が恐る恐る、テレビを見ると、日本チームが、ジーコ監督と抱き合って大喜びしています。日本の逆転勝ちです。
やっぱり、こういう修羅場になったら、強面で、ドスの効いたジーコさんの存在感が光りまくっています。日本が勝って、大バンザイ!本当によかった!
「ヨルダンの皆さんも、気を落とさずに・・・・・」
と思いながら2人に目をやると、この男性は、勘定を払うだんになって、キャッシャーの女の子相手に、いきなり、「ジーコ監督」になっていました。

「どうして、カードが使えないんだ、ネチネチネチネチ・・・・」
「入る前に、店頭にいる女が、使えるって、言ってたぞ、ネチネチネチネチ・・・・」
「カードが使えないんだったら、ディスカウントしろ、ネチネチネチネチ・・・・・」
この男性は、キャッシャーの女の子相手に、10分くらいネチネチやった挙句、私を呼んで、更にまたネチネチやっていましたが、とうとう諦めて、お金を払って帰っていきました。まさか、アジアカップくらいで、あんなにネチネチやられるとは思ってもいませんでした。

しかし、このネチネチですが、けっこう外国人、特にインド人、アラブ人、イタリア人は使ってきますね。それに、効果も、確かにあるようです。
オーストラリア戦では、ネチネチやるヒマもなく、まさかの大逆転で、神様も、お手上げといったところですが、たかだか、サッカーなんですから、気を落とすことはありません。ワールドカップが終わったら、ジーコさんには、もっと大きなポストを与えて、その特技を、大いに役立ててもらいたいものです。

ズバリ、日本国ジーコ外務大臣
あっ!K国が、独島は絶対に渡さん、と血走っています。どうしましょう。
さあ、ジーコ外相お願いします。
「ネチネチネチネチ・・・・・」
ああ、K国の掃海艇が、もうウンザリ、といった表情で帰っていくぞ!
おっ!今度はC国が、靖国参拝けしからん!と、しつっこく、クレームをつけています。
しかし、大丈夫です。しつっこさなら負けません。ジーコ外相、バーンとカマシてやってください。
「ネチネチネチネチネチ・・・・・・・」
おお、あのしつっこい人たちが、ゲンナリといった顔つきで、黙ってしまいました。さすがジーコ外相だ!

さあ、みなさんも、何かトラブルがあっても 平常心でいきましょう。
「ネチネチネチネチネチネチ・・・・・」
いつでも どこでも みんなで、さあ、
ネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチ・・・・・・・・・・・・・・・・・
[PR]
by phuketbreakpoint | 2006-06-13 12:21