タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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「パパ、サンタクロースっているの?」
クリスマスイブの夕方、きよみ(末娘8歳)が、わたしに聞いてきました。
「ああ、いるよ」
「うそ」
「ホントさあ。サンタさんは、いい子のうちにだけ、やって来るんだよ」
「ふーん・・・」

その日の夜12時過ぎ、お店を閉めて、自宅として使っているサウスロードの2階に戻ると、きよみは、まだ起きていました。
「もう遅いぞ。そろそろ寝ないと駄目だよ」
「きよちゃん、今日寝ないの」
「どうして?」
「サンタさん、待ってるの」
待ってると言われても、きよみが先に寝てくれないと、わたしは靴下の中にプレゼントを入れられないんですけど・・・。今日は疲れたから、早く寝たいのに困ったものです。
「きよみ、そろそろ寝るかー」と、もう一度振ってみましたが、
「まだ寝ないの。サンタさん、待つの」と、きよみも譲りません。

実際の話、蒸し暑い熱帯の国でクリスマスというのも、しんどい話です。
どだいホワイトクリスマスに、なるわけはなく、サンタクロースはモコモコの赤服の中で、サウナ状態になり、白いヒゲからは、汗が滴り落ち、トナカイの毛は抜け落ちマダラになり、キールアン(毛がボロボロの犬)になってしまうのでしょうか。
子供たちにお年玉を渡す、わずか数日前に、プレゼントを買い与えねばならないのも、親にとっては、実に有りがたくない話です。我が家では、子供たちが何も言わなかったのをいいことに、わたしは毎年、この日は沈黙を守ってきました。ところが、何年か前、遂に子供たちも、クリスマスの存在に気づいてしまったのです。


数年前のクリスマスのことです。
マヨム(当時小学校6年生)の様子が朝からちょっと変でした。よく見ると靴下を手に持って、なんか寂しそうにしています。
「マヨム、どうしたんだ?」
わたしが尋ねると、あの子は、
「サンタさん、やっぱり来なかった・・・」
なんて言っています。
「えっ・・・? あっ!今日はクリスマスか・・・」
わたしは、自分が犯してしまった重大な過失に気付きました。サラリーマン時代、大事な契約をすっぽかす大失敗をやらかしたことがありましたが、
「子供が用意したクリスマス用の靴下を見落とす」という、父親として、あってはならない失態を、この南の島で演じてしまったようです。しかし、サラリーマン時代もそうでしたが、ここからの巻き返しは、わたしの特技の一つだと言えるでしょう。
「マヨム、気にすることはないよ。考えてみりゃあわかるだろう。世界中に子供はウジャウジャいるのに、サンタさんは一人だけ。一日じゃ配りきれないんだよ」
日本でも、1日、2日遅れることは、よくあるんだよ、とホラを吹いて(年賀ハガキじゃない!)、 無理やりマヨムを納得させたわたしは、
「今夜もう一度、靴下を置いといてみ」と付け加えました。

その日の夜1時ごろ。
みんなが寝静まった頃を見計らって、わたしは、ムクッっとゾンビのように起き上がりました。抜き足、差し足、忍び足、コソコソと外に出ていき、近くのコンビ二に走り、靴下に入りそうなお菓子を買い漁ります。そして、部屋に戻ってきて、息を殺し、ベランダのドアを開け、ぶら下げられたマヨムの靴下を手にとって、その中に買ってきたばかりのお菓子を目いっぱい突っ込んでおきました。ドキドキして、なんだか犯罪者みたいな気分です。

翌朝、わたしは、寝床の中でウトウトしながら、子供たちがお菓子の入った靴下を見つけて大騒ぎになるのを、今か今かと待ち構えていました。ところが、いつまで待っても騒ぎは始まりません。わたしは、着替えをして、お店を開けに1階に下りて行きました。
「どうなっちゃってるのかなあ」
ウケると思ったギャグを外して、ガックリきている芸人のような気分で店番してるときでした。上から物凄い勢いで誰か降りてきます。マヨムでした。
「パパ、パパ、パパ、パパ、大変、大変、大変、大変、うっほーっ! これ見て、見て、見て、見て!サンタさん、来た、来た、来た、来たーっ、やったーっ、うほほほーっ」
大きな目ん玉をまん丸に輝かせて、今まで一度も見せたこともないような表情で、心の底からびっくりしている様子でした。これだけ大喜びしてくれれば、父親冥利に尽きるというものです。小学校の6年生にもなって、サンタクロースの存在に、まるで疑いを持っていないようですね。目の前には証拠の品もありますし・・・。
わたしは、プレゼントが大受けだったことに大きな満足を感じていましたが、上からまた一人下りてきました。今度は女房のラントムです。彼女は、それほど慌ててはいませんでしたが、やはりマヨムと同じように、大きな目を真ん丸して、驚いている様子でした。
「パパ、大変!本当よ、ほんとーに来たーっ、ビックリしたーっ!でもフォラン(白人)の神様は、やっぱり凄いわねえ。本当に来るんだもの。あっ、しまった!こんなことなら、ドアを開けっ放しにしておけばよかった。きっと部屋の中まで入ってきて、家中お菓子だらけにしてくれたのに・・・」
真面目な顔して悔しがっています。この人も、まったく疑っていないようですね。マジなんでしょうか。

30代にもなって、サンタクロースを信じてしまうラントムや、無邪気に大喜びしているマヨムの様子をみながら、わたしは、つくづく思ったものです。
「プーケットに来てよかったなー。タイは素晴らしい!」
すぐ目の前にあるものを素直に感動する心があるって本当にいいものです。


それにしても大変な年でした。
来年は、もっと、もっといいことが、たくさん、たくさんありますように。
メリークリスマス!
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by phuketbreakpoint | 2005-12-30 12:42
ピーチャンの故郷パッヤオから呼ばれた新チームは、金曜日の朝に来る予定でしたが、月曜の夕方に変更されました。ピーチャンに理由を聞くと、「車が1台しか、見つからないんだ」と説明してくれましたが、どうして何台も必要なんでしょうか。10人前後のチームですから、荷物が多少あったとしても、ピックアップ(ダットラ)の荷台に乗れば、1台あれば充分だと思います。何だかよく解らない理由で予定がキャンセルされることは、タイではよくありますから、「今度のチームも、ダメかもしれないなあ」と、私は正直そう思いました。

週明けの月曜日夕方、今度こそ、彼らはやってきました。リーダー格はピードーン(ドーンさん)。彼は、ピーチャンの親せきで、ピーチャンにとっては、頼りになる相棒といった存在のようです。久しぶりの再開だったようで、二人とも大喜びで肩を叩き合っていました。
彼らは、ピックアップを3台連ねて、やって来ましたが、うち1台は、荷物だけで荷台はビッシリと埋められています。残りの2台も、荷台の半分以上は、ゴチャゴチャと、いろんな物で占められていました。
「毎日通ってくるのは面倒くさいから、ここで寝泊りしてもいいかい?」
自分達が造っている建物の中で生活しながら働くのは、タイの工事現場では一般的に行われているやり方です。どうしてトラックが3台も必要だったのか、私はようやく合点がいきました。彼らは、ここで働くであろう3ヶ月程の間、少しでも快適な生活を送ろうと、簡単な家財道具を持ってきていたのです。

翌火曜日、朝7時過ぎ。彼らはもう動き出していました。
ガシャン、ドタン、ガタン、グシャっ・・・・、建物内に放置されたゴミや廃棄物を、裏口の脇に、どんどん積み上げていきます。
「汚いから、全部捨てちゃうよ。とりあえず、今日は3階の壁を全部ブチ抜いちゃうから」
3階の壁全部? 3階は10面近くありますから、いくらなんでも、そりゃあ無理ってもんです。前のチームは、1面崩すのに3日もかけていたのですから・・・。

私は、一旦、隣の2階に戻り、朝食をとった後、一服して、再び作業現場を見に行きました。ところが、3階に上がると、いつもと雰囲気が違っています。朝、いらない物を全部捨てましたから、サッパリしてるのは当たり前ですが、それにしても、サッパリし過ぎています。よく見ると、彼らは、ほんの1時間ほどの間に、壁を1面平らげていました。驚いた目で見ている私の横で、ピードーンは、
「こんなもの、壊すだけだから、簡単だよ」
なんて言ってます。・・・・私、なんか、涙ぐんでいません?

こんな、単純な仕事を大勢でやっても仕方ないと思ったのか、技術のあるウイラァさんが1階でタイル張りを始めました。
「すぐ終わっちゃうから、どんどん買ってきてよ」
すぐ終わっちゃう!? 前のチームが手を付ける事もなく、2週間、棚ザラシにして残していったセラミックのタイルを、今日1日で貼っちゃうつもりのようですね。・・・・本当に泣きたくなってきました。

再び3階に戻ると、ピードーンが、
「ところで 内装家具屋の方は、大丈夫なの? もたもたしてると、こっちも止まっちゃうからね。とりあえず、来週中に1階だけ終わらせちゃおう」
・・・・号泣です。

それは、まるで力道山時代のプロレスを見ているようでした。耐えに耐え、我慢に我慢を重ねた私の溜まりに溜まったうっ憤を、スカーッと吹き飛ばしてくれる空手チョップのような北タイチームの働きっぷり。私は、崩されていく壁を見ながら、次々と貼られていくタイルを眺めながら、工事開始以来、ずーっと、モヤモヤしていたストレスを一気に解消させる事ができました。

とにかく、彼らは、これでもか、というくらい、よく働いてくれました。夕食をとった後、午後7時頃から3-4時間、残業をやったことも何度かありました。南タイチームのように、ダラダラ、グズグズやった後でなら、まだ余力も充分残っているでしょう。しかし、毎朝7時半から夕方5時半まで、間にキッカリ1時間の休憩を挟んでビッシリと働く北タイチームは、若いお兄ちゃんも2人いますが、中核となるのは、30代、40代の人達です。くたくたの後の延長戦は、さすがに辛かったのではないでしょうか。

北タイチームが来て以来、ここで働く他のチームも変わってきました。内装家具屋のコ・ダム(ダム氏)は、人数を増やしてくれました。負けてはいられないとでも思ったのでしょうか。
お使いに出たっきり、行方不明になってしまう水道工事屋のサックさんは、首を切られる羽目に・・・。この人は、材料を買いに行くと言っては、預かったお金を持ったまま、どこかに消えてしまう事が何度かありました。
「あんな人、使わなくたって、自分達で出来るから」
そう言って、ピードーンは、給水管も、排水管も、どんどん自分で組み立てていきます。電気の配線業者も、天井屋も、みんな、ピリピリしたムードになってきました。彼らにしても、タラタラやっていたところで、もらえるお金は同じですから、とっとと、仕事を片付けてしまった方がいいに決まっています。
こうして、ピードーンの北タイチームに引きづられるように、各チームが全力を出してくれたお陰で、スタート直後に転倒し、最後方をダラダラと走っていたようなうちの工事現場も、ギリギリ土壇場でオープンの日程に間に合わすことが出来ました。工事がすべて終了したのは、開店の4日前だったと思います。


わたしは昔、日本で警備員をやっていたことがあります。そのとき、いろんな工事現場に回されて、様々な作業員を、この目で見てきました。そのわたしが自信を持って断言します。
ピードーンのチームほど、よく働く連中は、日本にも絶対にいなかった。タイ人を舐めていたらいけませんよ。
ピーチャンの田舎で掻き集められ、プーケットにやって来た土工たちは、私のタイ人に対する認識をバッサリと悔い改めさせてくれたのです。
  ー 鉄人 北タイチーム ー
彼らに対する感謝の気持ちを忘れないように、私は毎日、お店に立っています。 
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by phuketbreakpoint | 2005-12-21 13:00
みなさんは、タイ人に対して、特にタイの労働者に対して、どんなイメージを持っていますか。
「怠け者で、いい加減」
そう思っている人は、多いのではないでしょうか。確かにイメージどおりの人も結構います。特に田舎に行けば行くほど、そんな印象を受けてしまうかもしれません。ピーチャンを親方として再スタートを切ったブレイクポイントの内外装工事でも、途中までは私も、その思いを強くしていました。

工事開始当初、アムナートさんが現場で使っていた人達は、タイ南部から集まって来た寄せ集めの集団でしたが、彼らは本当に駄目なチームでした。新しく親方になったピーチャンは、この人達を全員お払い箱にして、ミヤンマー人のグループを連れてきます。
ミヤンマー人達は、親方の見ている前では、本当によく働きました。親方が姿を消すと手を抜きますが、それでも、前のチームと比べれば、2倍以上のスピードがあります。ところが、ある日、巡回に来た警察官に職務質問され、不法就労が発覚し、全員逮捕されてしまいます。困ったピーチャンが仕方なく呼んできたのが、前とは別の南タイチームでした。

しかし、この人達は、前にクビを切った人達以上の駄目チームでした。その作業のスピードたるや、バンコクの市内を流れるドブ川の如く、ゆったりとしたものだったのです。
彼らは毎朝、ピーチャンの車に乗せられて、作業開始時間である午前8時の約15分前には、現場にやってきます。そして喋ったり、タバコを吸ったりしていた彼らが、ようやく重い腰を上げ始めるのが、9時ちょっと過ぎでしょうか。しかし、急に過激な労働を始めて体を壊すのを心配しているのか、あたかもウォームアップの如く、かるーい作業をタラタラとやっているうちに、時計のハリは11時を回ってきます。するともう、そわそわし始めて、11時半頃には、完全に動きを止めて休憩に入っていくのでした。
昼食に、たっぷりと時間をとった後、昼寝に入り、彼らが再び仕事に戻ろうとする素振りが見えるのが、午後の1時半頃でしょうか。そして、食後の過激な労働は、やっぱり体によくないと、ここでもウォームアップが延々と続き、午後4時を過ぎたあたりでまた、みんなのそわそわが始まってしまいます。道具を手から離し、労働終了時間である午後5時を待つカウントダウンが始まるのです。

「なんか、前にも増して、ペースが遅いような気がするなあ・・・」
ある日、私が1階にいる2人組の緩慢な作業に呆れていたら、上から音が聞こえてきました。
パカン、ポコン、パカン、ポコン・・・・。
「おお!?」
3階では、ちゃんと働いているようです。なかなか関心な人達ですね。
パカン、ポコン、パカン、ポコン・・・・。
ちょっと、上に行って見てきましょう。何をやっているんでしょうか。
パカン、ポコン、パカン、ポコン、パカン、ポコン・・・・。
3階に上がると、一番奥の部屋から音は聞こえてきますが、ドアを開けてみると、どういうわけか、全員座って休んでいました。休憩中だったのでしょうか?
パカン、ポコン、パカン、ポコン、パカン、ポコン、パカン、・・・・・・。
しかし、音だけは鳴っています。よく見ると、両脚を投げ出し、壁にもたれ掛かるように座っている男性が、手に金鎚を持って、それで床を叩いていました。仲間との話に夢中になって、私が見に来たことも気づいていませんが、この人は、ずーっと、こうやって自分達のサボリをカモフラージュする為に、床を叩き続けていたのです。

2階に下りると、一部屋だけドアが閉まっていました。ここも怪しいですね。中に入ってみると、案の定、誰かゴロンと横になっています。慌てて外にいた奥さんらしき女性が、
「この人、今日、具合悪くて・・・」とフォローしていましたが、私が5日ほどして同じ場所を見に行くと、やっぱり彼は、寝転がっていました。確かに顔色を見ると、本当に具合が悪そうでしたが、彼がこうして寝ている時間に対しても、ピーチャンは、ちゃんと日当を払っているわけです。

「今日は外壁の表面削りか・・・。こんなもんは、機械を使って、ガガガーっと、一気にやってしまえば、1時間ほどで、できるだろう」と思っていたら、午前中いっぱいかけて、3面あるうちの1面しかやっていません。
「そうか、オレとしたことが、とんだ考えちがいをしてしまった。普通の人で1時間なら、この人達なら1日掛かりの仕事だよなあ」
私は大いに反省し、
「午後に、残りの2面終わらせてくれればいいんだけど、それは絶対に無理だろうから、あと1面やってくれればいいよ」
と半分投げやりになりつつも、目標を下方修正しました。ところが、2人の作業員は、午前中で1面終わらせたこのペースが「速過ぎた」と判断したのか、午後になって一段と、そのチンタラぶりを加速させます。
5分働いて、30分休み。また5分働いて、30分休み・・・。こんな作業をずっと見ていたら、腹が立って体に悪いので、私は材料を買いに車でプーケットタウンに出かけて行きました。

夕方4時頃戻ってきたら、彼らは、既にカウントダウンの体制に入っています。それは、いつもの事ですから気にしませんが、壁を見ると、私が、「せめてこの1面くらいは・・・」と思っていたその面すらも、半分ほど終わったところで投げ出されていました。それまでは、ぐーっと辛抱していた私でしたが、とうとう切れてしまったようです。
「ピーチャン、この連中を使っている限り、工事は絶対に終わらないよ。このままだと、ピーチャンは大損だ。オレも、ピーチャンも、オダブツだよ」
ピーチャンも同じ思いがあったのでしょう。暫くの沈黙の後、口を開きました。
「わかったよ。オレの田舎には ちゃんと働ける奴がいるんだ。ちょっと、金はかかるけど、あいつらを呼ぼう」
ピーチャンは明言してくれましたが、彼がいうチームは、果たして本当に使いもんになるのでしょうか。私は、今までのチームが余りにもひどかったので、とてもピーチャンの話を信用する事は出来ませんでした。

この話 続きます。
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by phuketbreakpoint | 2005-12-14 13:08
「どうだい。スーアイ・マイ(カッコいいだろう)?」
買ったばかりの新車を見せびらかしに、ピーチャン(チャンさん)がやってきました。ピーチャンは、チェンマイの隣県パッヤオ出身の48歳で、16年前に同郷の奥さんと二人でプーケットにやって来ました。土建屋の親方をやっています。
「長い間、中古のボロを乗っていたけど、オレもとうとう、新車が買える身分になったんだなー」
ジーンときているピーチャンに水を差すようですが、その三菱の新型ピックアップ(日本でいうダットラ)、顔がどう見てもメカゴジラにそっくりなんですけど・・・。
「メカゴジラ?そうか、そんなにカッコいい?」
全然分かってないようですね。

プーケットに移り住んで今年(2005年)で14年になりますが、わたしは、タイ人で友達といえる人はほとんどいません。いや、よく考えたら、タイ人どころか日本人も含めて友達はほんの僅か、数えるほどしかいないような気がします。そんな中でピーチャンは、特別な存在です。友人や仕事仲間というだけでなく、女房の親戚達なんかより、遥かに「身内」的な感覚がわたしにはあるのです。


私がブレイクポイントを購入したのは、今から5年前の2000年7月でした。当時、私は、お土産屋のサウスロードを、女房のラントムと、彼女の妹であり、たった一人の従業員でもあるティップの3人で、のんびりと経営していました。今思えば、あの頃は、本当に素晴らしい時間を過ごせたと思います。
お客さんの少ないオフシーズンに、子どもたちの学校が臨時で4連休になったときなど(タイの学校では結構多い)、
「ママ、最近、お客さん、少ないねえ。明日から 4連休か・・・、そうだ! 今から、みんなでクルングテープ(バンコク)に行かないか?」
家族みんなで手分けして、お店を閉め、バッグを作って車に乗り込み、 そのままバンコクまで十数時間ドライブして、遊びに行ったことが何回かありました。隣りでレストランとホテルを始めれば、そういった生活を捨てねばなりませんから、最初は自分で経営しようとは、これっぽっちも考えていませんでした。

ところが、飲食店で働いた経験のないラントムは、レストラン経営を甘く考えていたようで、
「パパ、やっぱり、自分たちでやりましょうよ。リースで貸してしまうと、自分のお店っていう気がしないでしょ」
しきりと私に、そんな話を聞かせてきます。そして、彼女の話を聞いているうちに、私も、だんだん勝負してみよう、という気になってきました。
「どうせ自分でやるのなら、今までと、お店の感じもガラっと変えて、まったく雰囲気の違うものにしよう」
そう思い立ったわたしは、毎日、ああでもない、こうでもないと店舗の設計図を書き始めました。1ヶ月程かけて、ようやく図面を完成させた私は、工事を任せる内装業者を探し始めます。ところが、任せると言っても、お店の内装など、やったことのない私は、誰に頼んでいいのか、さっぱり分かりません。知っている人を見掛ける度に、
「誰かいい内装屋さん、知らない?」
と聞きまわっていましたが、こういった行き当たりばったりのやり方で名乗りを挙げてくるのは、どれもロクな人がいません。人選は行き詰まってしまい、いつまでたっても業者を決めることは出来ませんでした。

そんな状況で、ようやく見つけたのがアムナートさんでした。私がこの人を選んだ理由は極めて単純です。彼の出した見積りが、他の人のものより遥かに安かったからです。それが後に混乱を引き起こす原因にもなるのですが、そのときは、「いい人が見つかった」と喜んでいました。

タイの内外装工事の見積りは、大きく分けると2通りあって、1つは工事代、人件費、材料費、一切がっさい全部込みの料金を決めるやり方です。これは日本と同じだと思います。
そして、もう1つは、人件費込みの工事代だけ決めておいて、材料は自分で好きな物を選んで買ってくるというやり方で、こちらの方が安くあがると言われています。ブレイクポイントの工事も、この方式で進めましたが、当初は、2階3階は現状のまま使うつもりでしたから、アムナートさんとは、1階店舗の工事費だけを決めておきました。

工事の初日、アムナートさんの下請けをやっていたピーチャンが初めてうちにやってきました。汚い格好をしていましたが、彼は、とても人懐っこい笑顔で、ニコっと笑って挨拶してくれました。この日は、詰まって流れなくなり、汚物が溢れ出してしまったトイレの解体という、全工事期間中で、最も臭く、汚い仕事を、私は、いきなりピーチャンにやらせてしまったのですが、彼は、嫌な顔もしないで、片付けてくれました。第一印象に続いて、ここでも、また好感を持った私は、ピーチャンのことが、すっかり気に入ってしまいました。

ところが、工事が始まってしばらく経つと、とてもアムナートさんの見積もりでは、やっていけない事が、はっきりしてきました。
「このままだと、大赤字だぞ・・・」
多分、そういった判断があったのでしょう。アムナートさんは、私が1階だけでなく、「2階と3階も、同時に工事したい」という話を出したとたん、これ幸いと、この仕事をピーチャンに振って、自分は降りてしまいました。
「なあ、チャン(ピーチャンのこと)。オレは、別の現場で忙しいから、アンタ、ここを引き受けて、自分でやってみないか」
普通なら、こんな話は蹴ってしまうところですが、ピーチャンにとっては、苦節二十数年、ずっと人に使われる立場だった彼が、初めて自分で仕事を受けるチャンスでもあります。
「オレに任せてくれよ。なんとか、やってみるから」
この日から、ブレイクポイントの工事は、ピーチャンの手に委ねられました。

私は、工事が始まって以来、連日 ピーチャンとは打ち合わせをしたり、一緒に材料を買いに行ったりして、朝から晩まで行動を共にしていましたから、その頃になると、今後かかるであろう、大まかな日数や人件費などを計算して割り出す事が出来るようになっていました。ピーチャンが見積もった値段は、私の計算でも、大きく儲けを上乗せしたものではありません。
「ピーチャン、とにかく、出来るだけ早く仕上げてよ」
私は、一言だけ注文を出しました。そして、これは、お互いにとって利益になる話なのです。私は、お店のオープンを繰り上げる事ができる。ピーチャンも、人件費を安くあげることが出来る。そして、そんなことは簡単なことだと、最初は思っていたのですが・・・。

この話 続きます。
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by phuketbreakpoint | 2005-12-10 03:07