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タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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鬼刑事アカラポーン

「ボス、警察が来ました」
ティックが携帯で連絡を入れた約15分後、パトンの警察署から捜査官がやって来ました。例によって、暑っ苦しい、こげ茶色のユニフォームで現れるかと思っていたら、まったくの普段着です。
真っ黄色のレインコートに、ジーンズという、およそ警察官らしくない、いでたちでした。見せてくれた身分証には、アカラポーンと、名前が入っています。
「じゃあ、さっそく、映像を見せてくれるかな」
私とティックは、アカラポーンさんを、防犯ビデオの置いてある二階に案内しましたが、彼は、手ぶらでやってきたようで、モザイクバスターらしき機械は持っていませんでした。
(肉眼で見るだけなのか。それじゃあ、来た意味がないんじゃないか?)
そう思いつつも、私は、モニターで再生し始めました。
「犯行時刻は、だいたい、午後5時から、7時半の間です。とりあえず、5時から回していきますよ」
再生速度を4倍に設定し、画面を流していくと、モニターには様々な人物が、現れては消えていきます。

ティックが、ドリンクを作る。
ウーティットが、机に近づく。これは、CDの入れ替えか。
クックが来た。何か、やっている。水道で洗い物。出て行く。
ミャオも、来た。水を飲む。出て行く。
また、クックが入る。何か、やっている。そして出て行く。
ファランの客が二人。キューを選んでいる。出て行く。また、入る。

人物こそ、特定できますが、これでは先程と同じで、決め手がありません。
ところが、見始めて、5分ほどした頃です。
「はい、ちょっと、スローにして・・・」
アカラポーン刑事が私に命じました。モヤモヤとした画面の中に、クックが、また入ってきます。
「彼女は?」
「スタッフの女の子です」
私が答えると、
「彼女だよ、犯人は」
彼は、アッサリと断定しました。画面上のクックは、確かに怪しげな動きでしたが、乱れた画像の中では、何をやっているのか、よくわかりません。

アカラポーン刑事は解説します。
「ほら、カバン持ってるだろ。このシーソム(橙色)のところ」
そう言われて、画面を食い入るように見てみると、確かに、モザイクの一部が、そう見えなくもありません。
「間違いない。こいつだ」
私が画面を早送りして、先を見ようとすると、
「マイ・トング(その必要はない)。彼女で間違いない。よし、尋問だ」
彼は、そう言うと、さっさと階段を下りていってしまいました。私も、彼女が怪しいとは思っていましたが、こんなんで逮捕できちゃうのでしょうか?

「彼女が、あのスタッフですけど・・・」
私が彼に、そう教えると、この人は、前置きを、いっさい挟まず、単刀直入に切り込みました。
「犯人は、キミだろ」
テレビや映画の刑事物、推理物なら、ホシの目星が付いている場合でも、一応、遠まわしな質問をして、矛盾点を突いたりするわけですが、彼には、確信があったようです。
「チャン・メダイ・タム(私は、やってません)」
クックは、弱々しい声で否定していましたが、アカラポーン刑事の次の一言で、早くも追い詰められてしまいます。
「じゃあ、身体検査しようか」
「・・・・・・・・」
彼女は、返事ができません。
「どうした?」
「・・・・・・・・私じゃ、ありません」
ますます、か細い声になってしまった、クックに対して、
「だったら、ボディーチェックだ。一緒に、署まで行こう」
「・・・・・・・・・」
遂に観念した彼女は、
「すいません・・・・・。私が、やりました・・・・」
犯行を、すべて自供しました。

札束は、ブラジャーの中に隠し、近くのコンビニに整理ナプキンを買いに行ったついでに、財布は袋に入れて、ゴミ箱に捨て、証拠を隠滅し、自分も被害者だと言い張って、疑惑の目を逸らす。
根っから悪い人間というのは、そうはいないものですが、彼女の場合は、こういったことを、子どもの頃から、ずっと繰り返して、育ってきたのではないでしょうか。あの表情と目付きは、かなり、訳ありの人生を、歩んできたであろうことを、はっきりと物語っていました。

つくづく、「犯罪慣れした奴だ」と思ったのは、犯行がバレて、みんなのド顰蹙を買っている状況で、
「携帯電話を預けるから、3000バーツ貸してくれませんか?」
しゃあしゃあと、こんなことを言い出し、ティックに断られ、刑事さんにも断られ、最後には、私にも聞いてきました。どういう神経をしているんでしょうか。

この刑事さん、見かけは、パッとしませんが、なかなかの、やり手です。モザイクの奥で、15秒ほど彼女の動きを見ただけで、もう的を絞っていましたから、これが、刑事の勘というやつなのでしょうか。
見事、犯人を逮捕したアカラポーン刑事でしたが、ここからが、タイ警察の真骨頂です。
「ところで、えーっと、ティックだったな。キミは、彼女を訴えて、裁判するのかね」
私は一瞬、
「きたー!!」
と思いましたが、これは驚くべきことではありません。タイでは、後々仕返しされるのがいやで、被害者が訴えないまま、犯人が釈放されるケースが多く、警察にとっても、立件して裁判に持ち込んだりしたら、後が大変ですから、お金にもならいことで、ダラダラと時間を食われるのが嫌なのでしょう。

「私は、別に・・・」
ティックが、そう言うと、彼は振り返って、私に向かって、
「ボスは、どうする?」
と聞いてきます。本来なら、こういった人には、再犯を防止するためにも、しばらくの間、チュワン(ブレイクポイントのコックさん。現在服役中)と同じ屋根の下で、生活してもらった方がよいのですが、私も面倒臭かったので、ついつい、
「刑事さんに、お任せします」
と言ってしまいました。

こうして事件は解決し、お金と財布は無事ティックのもとに戻って、クックも逮捕されることなしに、どこかに消えていきました。
「刑事さん、本当に、ありがとうございました」
ティックが、お礼として、彼に2000バーツを渡し、私も、丁重に挨拶して、彼を見送りました。そして、ヤマハ・フィノという、警察官が使うとは思えない、ヤワなスクーターに跨って、彼は、夜の街に消えていきました。

刑事アカラポーン。
彼がいる限り、パトビーチに、悪は蔓延らないでしょう。
彼は今日も、正義と真実を守るために戦い、犯人を追い詰め、逮捕し、そして、釈放しちゃうのである。

(ここまで書いて思いましたが、籠に入れた小鳥を売っては逃がし、逃がしては捕まえ、また売る、あの商売に似てるのかもしれません)
by phuketbreakpoint | 2008-11-29 10:40