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タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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スパッと爽やか7人斬り

“悪いが、あんたたちを、このまま生かしておくわけには、いかねえんだ。全員、死んでもらうぜ”
日本刀片手に襲い掛かってくる悪党どもを、池部良さん(風間重吉役)と一緒に、バッタバッタと斬り倒していく、高倉健さんの大立ち回りは、昭和40年代の日本映画を代表する、「昭和残侠伝」の一場面ですが、そのラストシーンには、聞き捨てならないセリフが含まれていました。
警察のお縄について、連行されていく、花田秀次郎(健さん)を見送りながら、善玉の親分が、こんなことを言っているのです。
「なあに、新しいマーケット(工事中でした)が完成する頃には、奴も出てこれるだろう」
斬り捨てた相手は、どう少な目に見ても、二十数人。
その半数以上が絶命していると想像できますが、いくら、昭和初期の時代設定だとはいえ、そんな軽い罰でいいんだろうかと、私は悩んだことがあったのです。
そして、つい最近、これと同じ思いを、プーケットですることになりました。

「明日、チュワン(うちで働いているコックさん)の裁判があるみたいだねえ。いよいよ、結審かー」
「もしも、有罪判決受けちゃったら、その場で逮捕・拘留されちゃうのかしら?」
「『あの野郎、また、遅刻かー』、なんて怒っていたら、みんなが、『ボス、チュワンは、収監されちゃいましたよー。今日から、当分、来れません』、なんて言ってたりしてな」
「『こりゃあ、大変だー!新しいコック、すぐに探さないとー』って、急に、ドタバタすることになっちゃったりしてねー」
「でも、あり得るかもしれないぞー、ワハハハハ・・・・・」
「まっさかー、ケタケタケタケタ・・・・・」
ラントムと、そんな話をしていた翌日です。
まったく、そのとおりに、なってしまいました。

チュワンは、今年28歳で、5年前から、ブレイクポイントで働いています。初年度からいる、テンちゃんを除けば、うちで、最も長く勤めているスタッフです。
仕事面では、特に鋭いほうではありませんが、長続きする人材が非常に少ないプーケットの飲食業界にあって、貴重な存在だったといえるでしょう。
ローシーズンは時々、ズル休みして、シフトに穴を開けることも何度かありましたが、ハイシーズンには、サボらず、厨房を守ってくれましたから、私も、文句はありませんでした。
普段は、いつも、ニコニコと笑顔を絶やさない、明るい好青年といった感じの人間で、うちに初めて面接にやってきたときにも、
「なかなか、いい子が入ったな」
私は、好印象を持ったものです。

「ところで、チュワンは、いったい、何をやらかしたんだい?」
「さあ、私も、詳しいことは知らないけど、もう何年も、裁判で争っていたみたいね」
ラントムと、今後の対策を練っていた、ちょうど、そのとき、同僚のサックが部屋に入ってきたので、聞いてみました。
「ちょっと、サック。キミは、事件のこと、知ってるんだろ?」
「ええ・・・・、まあ・・・・・」
口の重かったサックですが、ポツリ、ポツリと経緯を説明してくれました。
「あれは、8年前、ピーチュワン(チュワンさん)が、20歳のときだったそうです・・・」
些細なことから、近所に住んでいた犯罪グループと険悪になってしまったチュワンは、命を付け狙われるようになっていました。
「このままじゃ、殺られる」
そう判断した彼は、
「こうなったら、殺られる前に、殺ってしまえ」
と考えたようで、ある晩、伐採用の大鎌を片手に、彼らのアジトを急襲しました。

<以下、克明に描写するには、不穏当な場面の連続ですから、タイ王国法令に基づき、音声と音声解説だけで、お楽しみください>

“コンコン、コンコン・・・・・(アジトのドアをノックする音)”
「誰だー。こんな、時間にー」
“ガチャッ(一味の一人が、ドアを開ける音)”
「おっ、お前は!」
“スパッ(えー、この音はですね・・・、ご想像に、お任せします)”
「ぎゃーっ!」
“スパッ、スパッ(この音もですね・・・、ご想像にお任せします)”
「うぎゃーっ!」
“スパッ、スパッ、スパッ(さらに、この音はと、申しますと・・・、ご想像にお任せします)”
「ふぎゃーっ!」
“スパッ、スパッ、スパッ、スパッ(ほんでもって、この音はと、申しますとですねえ・・・、ご想像にお任せします)”
「ひえーっ!助けてくれええええ!」
“スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ”
『バタッ』(サックの話を聞いていたラントムが、気分が悪くなって倒れる音)
“スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ”
『ヨロッ』(ラントムにつられて、気分が悪くなり、倒れそうになる私)
“スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ・・・・”
『・・・・・・・』(サックの話が終わっても、ゲンナリで言葉が出ない、私とラントム)

まとめて、束ねて、男女7人、スパッとやってしまいました。
現場で即死した者こそ、いませんでしたが、受けたダメージは、やはり大きく、医者の言うことも聞かずに、酒、大麻、覚せい剤などを繰り返しているうちに、一人倒れ、二人倒れ、三人倒れ・・・・、
数え歌のように、なってしまったそうです。
本来なら、死刑は免れないところですが、被害者グループは、警察も手を焼いていた犯罪者集団だったそうで、
「代わりに、掃除してくれて、手間が省けた」
といった、ムードだったようですね。
「犯行を認めて、この調書に、サインしちまえば、1年くらいで、出してやっから・・・」
そう何度も取調官は、言ってきたそうです。
ところが、チュワンは、何を思っていたのか、
「刑事さん、あれは正当防衛なんですよ」
と言い続け、親の金で保釈された後は、弁護士を雇って争っていました。
(チュワン、キミは5年間、うちの厨房を、しっかりと守ってくれた。私も、家族の一員のようなつもりで接してきた。接してきたんだが・・・・、こりゃあ、明らかに、過剰防衛だよ・・・)

雇われた弁護士も、
「いや、チュワンくん。今回の事件は、私が、どう頑張ったところで、有罪は間違いない。せいぜい、裁判を引き延ばして、結審させないくらいしかできないな・・・」
そう最初から言っていたようですが(タイの弁護士も、被告人から、あまり、お金を引っ張れないと思うと、諦めは早いですね)、
「だったら、引き延ばしてください。生まれたばかりの子どもを置いて、ム所になんか、入れませんよ」
チュワンは、無駄を承知で、無期限の法廷闘争に入っていきました。
毎月、月末になると、裁判所から、お呼びがかかり、公判へ。その日が近づいてくると、いつもイライラして、仕事にも身が入らなくなっていました。

「どうしたんだ、今日のチュワンは?なんか、様子が変だねえ・・・」
「明日、また公判があるんだって。毎月、あんな調子だから、別に気にしなくてもいいわよ」
私とラントムは、そんな会話を、よく交わしていましたが、終いには、ラントムのお父さんに毒づかれ、険悪な雰囲気になってしまったこともありました。
ラントムのお父さんは、従業員や、近所の人たちに悪態をついては、怒りを買って、喧嘩を繰り返してきましたが、チュワンも、例外ではなかったようです。
「今日という今日は、本当に、頭にきた。もし、ボスの親じゃなかったら、俺、我慢してませんから」
彼は、怒りに燃えた表情で、不満をぶちまけていましたが、事件の事を、まだ知らなかったお父さんは、チュワンを挑発するように、こんな言葉を口に出していました。
「我慢できなきゃ、どうするんだ?」
どうするって・・・・、
そりゃあ・・・・、当然・・・・・、こま切れに、されちゃうんでしょうねえ、やっぱり。

「このまま、だらだら、引っ張っていても、仕方ないか・・・」
8年の月日が流れ、ついに観念したチュワンは、判決を受ける決意を固めました。
「ボス、いよいよ明日、判決です。ボスも、無罪になるよう、祈っていてください」
前の日の夜に、そう私に語っていたチュワンでしたが、私も、まさか、そんな大それた事件を起こしていたとは、想像もしていませんでしたから、
「大丈夫だ。オレが保障してやる」
なんて、太鼓判を押してしまったのです(ちゃんと事件の内容を聞いてから、返事すべきでした)。

“被告人を、懲役3年に処す”
受けた判決は、予想以上に軽かったわけですが、チュワンは、それでも、まだ言っていたそうです。
「あれは、正当防衛だったのに・・・・(違うと思うぞ、チュワン!)」
事件の詳細を知って、私も、ラントムも、卒倒しそうになっていましたが、このまま、放っておくわけにもいきませんから、翌週、面会に出かけました。
久しぶりに訪れたプーケット刑務所は、相変わらずの狭さでしたが、面会室の入り口にある鉄格子が、真新しい、ジュラルミン製に代わっていて(かなりの重量だ!)、来訪者を、爽やかな(?)気分にさせてくれます。

「ボスー!サッワッディー、カップ!」
いつもと変わらぬ、嬉しそうな笑顔で、チュワンは、両手を合わせて挨拶してくれました。
「どうだ、調子は?」
「はい、サバイ・ディー・マーク(絶好調)です」
(あんまり元気過ぎるのも、どうかと思いますが・・・)
「給料は、この前、奥さんに渡しといたから。それと、サービスチャージとチップは、チュワンの分も、取ってあるからな。差し入れ買おうと思ったけど、こういう所では、現金の方が有難いって、トゥアン(ラントムの実兄。やっぱり、経験者は、言うことが違います)も言ってたから、金にしたよ。まとめて看守に渡しといたから、後で受け取ってくれ」
「いろいろ有難うございます。ム所になんか、入るのは嫌だったんですけど、入ってみると、中には、顔見知りも、いっぱいいるし(いっぱい?)、厨房に配属されたから、作業も楽だし、結構、居心地いいんですよ。みんな、いいコックが入ったって、喜んでくれて・・・」
ニコニコと笑顔で語っていたチュワンは、こう付け加えていました。
「たぶん、1年ちょっとで、出られると思います。ボスも、心配しないでください。出たら、また、ブレイクポイントで、ガンガン働きますよー!」
「うん・・・、まあ・・・、よろしく、たのむよ・・・」

思ったより、元気そうだったチュワンでしたが、最後に、こんなことも言っていました。
「ルング(おじさんの意。ラントムのお父さんのこと)にも、よろしく言っておいてください。また、喧嘩できるのを楽しみにしてますよ。ハハハハハハ・・・・」
お父さん、大丈夫でしょうかねえ。
いつもの調子で毒づいて、あんまり、怒らせちゃうと・・・、今度こそ、本当に・・・・、
“スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ、スパッ・・・・”
ミンチでしょう。
by phuketbreakpoint | 2008-10-03 12:52