タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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恋の必勝作戦 「これだけ読めば勝てる!」

“タイ人と結婚して、うまくやっていけるんだろうか”
タイ人を好きになってしまった人なら、誰しも悩む問題です。
日本人からすれば、
“何事も、安く上がるタイ”
という感覚があって、結婚生活も含めて、何もかもが日本に比べ、「かなり割安に上がるはずだ」という思い込みがあります。
これは事実でもありますが、タイ人の側からすれば、日本人との結婚生活は、そんな安上がりなものではなく、
“夢のように、素敵なものだろう”
といった期待感を持っていますから、現実の生活が、あまりにも、それとかけ離れた地味なものであった場合、とっとと見切りを付けられて、次の恋に、行かれてしまう可能性が高くなります。
タイ人と結婚した外国人が、
“お金の問題でアウト”
そんな例が、なんと多いことでしょう。


ラントムと同棲していた頃(1992年春頃)、彼女の部屋の向かいには、ピアという名のタイ女性が住んでいました。
彼女は、当時33歳、トラン県出身(ラントムも昔、この県に住んでいました)ということもあり、ピアと私たちは、よく一緒に遊びにいったり、ご飯を食べたり、まるで、兄弟姉妹のような関係だったと思います。
彼女には、スイス人の恋人(後に結婚し、その後、離婚)がいました。
「ねえ、ダーリン。わたし、お金無くなっちゃったの。すぐに送ってちょうだい。先週送ったお金?そんなもの、とっくに使っちゃったわよ。ねえ、早く送ってちょうだい」

ビーチ沿いにあった電話屋(インターネットが普及するまでは、いたる所にありました)から、彼の住む、チューリッヒまで国際電話を入れては、甘い声で、おねだりしていた彼女でしたが、相手の男性も、彼女の金遣いの荒さは充分わかっていたようです。
その翌週、封筒に入れて、送ってきたスイスフランは、日本円にして、1万円程度でした。
郵便局まで書留を取りに行ったピアは、封筒を開けて、中身を見た途端、みるみる表情を変えて、怒りに震えたような口調で、
「アイム、ベリー、アングリー・・・・、こんな、はした金で、どうしろっていうの?」
当時、タイ語が話せなかった私に、英語で、そう捲くし立ててきましたが、私は単に、バイクで、ここまで送ってきただけなのに、迷惑な話です。

当時、パトンビーチで働く、普通のタイ人のお給料が、月額・邦貨で、約1万5千円(当時のレートで3000バーツ程度)くらいでしたから、1万円(同約2000バーツ)という額は、大金というわけではないにしても、タイ人にとっては、少なすぎる額でもありません。普通の暮らしをしているのなら、そうなのです。
このとき、彼女は結婚目前で、もう仕事は辞めていましたが、相手の男性にしたら、
「たくさん送っても、すぐに使っちゃうしなあ・・・。2000バーツも、送っとけば充分だろう。どうせ、来週になったら、また電話をかけてくるから、そのとき、もう一度、2000バーツ送ればいいか」
こう思っていたみたいですね(その翌月、本人から聞きました)。
スイス人の感覚で下した、ごくごく常識的な判断が、まさかプーケットで、これほど彼女を怒らせていたとは、彼も想像できなかったことでしょう。

彼女に限らず、
“外国人と結婚すれば、贅沢し放題”
そんな誤解が、プーケットで暮らす、タイ女性たちの間にあるのは事実だと思います。そして、彼女は、
“ファランと結婚することになって、いかに、自分が羽振りの良い生活をしているのか”
それを、仲間のみんなに、見せたくてしかたがない、といった感じで、行く先々で、パーっと、お金を気持ち良さそうに使っていました。
「今夜、食事に行きましょ。お金が無い?大丈夫よ、私が奢ってあげるわ。きのう、彼が送金してくたの」
「レン・パイ(カード賭博)するの?9時に、サーオのアパートね。わかった」
20日分のお給料なんて、これじゃあ、アッという間に、無くなってしまいます。
そして、こういう仲間が近くにいると、周りにいる者は、みんな、
“わたしも、負けてはいられない”
そんな雰囲気になってしまい、“外人狩り”が蔓延していくわけです。

以前、うちのお店で働いていたダーオには、今、アメリカ人の彼氏がいるそうで、彼女は最近、嬉しそうな表情で、うちにやってきては、
「来月、彼の家に遊びに行くんです。先週、バンコクに行って、パスポートを作ってきました」
「彼に、ヤーリス(トヨタ「ヴィッツ」のタイネーム)を買ってもらったの。でも、駐車場がないから、ちょっと、困ってるの」
そんなことを、いちいち報告していきます。
彼女が辞めたときは、ハイシーズンのピーク時で、しかも、業務命令を無視しての解雇処分ですから、本来なら、「お前は、出入り禁止」と言いたいところでしたが、そんな経緯を全部忘れてしまったかのような、本人のあっけらカーンとした、ノー天気ぶりに、私は、何も言うことはありませんでした。

そもそも、彼女が、うちのお店を辞めるきっかけとなったのは、同僚のエーが、オーストラリア人の恋人の自慢話ばかりしていることに腹を立てて、切れてしまったのが原因なのです。
三年経って、彼女も同じことをやっているわけですが、きっと、知っている人、全員のところに行って、こんな話をしているのでしょう。
そして、こういった話を耳にすれば、当時の同僚であったテンちゃん(当店名物スタッフ)なんかは、きっと、心中穏やかならざるものがあるんだと思います。

私も、ラントムと結婚した当初は、今日はこっち、明日はあっちと、いろんな場所に連れ回されては、彼女の友人・知人・親類たちに紹介されていました。
「わたしねえ・・・、今度、日本人と結婚することになったんですよ・・・」
行く先々で、彼女は、自分のフィアンセを見せびらかしたかったようです(そんな、大それたもんじゃあ、ないんですが・・・)。ドサ回りの旅役者みたいな状態でしたね、あの頃は・・・。

しかし、こういった華やかな顔見世興行は、じきに終わりを迎え、普通の生活に戻っていかねばならないのは、みな同じですが、相手のタイ人にとっては、これは、非常に辛いことのようです。
甘く、優しい太陽の季節は過ぎ去り、生暖かい南風と共に、辛く、厳しい雨季が、プーケットにやってくるのです。

この話続きます。
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by phuketbreakpoint | 2008-08-10 10:34