タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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チチチチチチ・・・・見えたー!

皆さんは、レーシックって、御存知でしょうか。
レーザー光線を使った近視治療のことですが、私は先日、勇気を出して、とうとう、この手術を受けてしまいました。

プーケットで、レーシックが受けられる場所は、二か所しかないそうで、私は、その中から、地元パトンのプーケット・レーザー・センターに行くことにしました。
受付で説明を聞くと、コンタクトレンズ使用者は、手術の前に最低一週間、ハードコンタクトの場合には、三週間から一ヶ月、使用を控えねばならないそうです。私は家に戻り、この日から、さっそくコンタクトレンズを眼鏡に代えて、時間が経過するのを待ちました。

いよいよ、明日手術という12日の夜、品川さん(旅行会社社長50歳)がお店にやってきて、嬉しそうに、こんな話をします。
「やっぱり、目ん玉に麻酔針、突き刺すんと、ちゃいまっかー」
「目ん玉に、ハリ?」
「レーシック言うたかて、手術でっしゃろ。麻酔注射くらいするのは、当然やと、思いまっせー!でも、大丈夫、白目のところやったら、目は潰れへんやろー、ククククっ・・・」
この人、どういう性格をしてるんでしょうか。

気楽に考えていた私でしたが、品川さんの話を聞いているうちに、だんだん心配になってきました。
私は、タイの医者を、あまり信用していませんが、日本で治療する時間も、お金も、保険もありませんから、具合が悪いときは仕方なく、地元の医者にかかってきました。
ところが、今回は、品川さんに指摘されるまで、私は、レーシックが医療行為であるという認識が著しく欠けていたようです。目の働きは、脳と共に、体の中で最も重要視すべきものの一つですが、ここにきて、センターの女医さんが言っていた、
「99パーセント、成功します」
という話も、急に心配になってきました。
じゃあ、残りの1パーセントは、どうなっちゃうんでしょうか?

翌日、私は、女房のラントムと二人でセンターに向かいました。
「私の仲間にも、レーシックの手術を受けたい日本人は、いっぱいいるんですよー。今日は、彼らを代表して、私がトライするわけですねー。ホント、いっぱい、いるんですよー」
手術が成功すれば、新しい顧客を大量獲得できると匂わせておけば、普段以上に慎重にやってくれるんじゃないかと思い、私は聞かれてもいないのに、しきりと、そんな話をしていました。

診察室に通され、目の状態を最終確認します。様々な機械を使った検査の後、手術後の視力が、どの程度のものなのか、実際にレンズを使って見せてくれました。
「老眼が始まる年齢ですから、遠くが見えるようになると、近くのもの、例えば本や新聞が読みにくくなります。どちらを優先されますか?」
私は、迷うことなく、遠距離が見える方を選びました。
検査も無事終了し、英語の同意書にサインをして、いよいよ手術室に入りました。
執刀医のサシビモン先生、サポートのハーゼル先生、アシスタントのグンさんの三人が、私を待ち構えています。なかなか、物々しい雰囲気でした。

歯医者さんが使うような、リクライニングの診療台に載せられて、まず、頭部をベルトでしっかりと固定します。そして、瞼が閉じてしまわないように、目の周囲をガッチリとテーピングした後、機械を使って、さらに補強しました。
「それでは、麻酔入れまーす」
ドキっ!
「まさか、本当に注射を・・・・」
と思っていたら、ハーゼル先生が麻酔液を目に落とし、しばらくすると、目の感覚が鈍ってきました。そして、消毒液を使って、何度も入念に眼球を殺菌し(気持ち悪いぞー、これ・・・)、準備完了です。

シートがレーザーマシーンに向かって、ゆっくりと近づいていきました。
人間は、他の、どの部分をいじられるよりも、目に対して恐怖感を持っています。
手術する側も、患者の心理が分かっているようで、オペの前に、段取りを詳しく説明してくれましたが、もしそれがなければ、恐怖は、更に大きなものになっていたことでしょう。

視界には、レーザー機の白い輪のような照明だけが映っていました。そして、事前説明どおり、何かが私の眼球に覆い被さるように圧迫を加えると、すぐに、その輪は姿を消して、真っ暗な闇の世界に変わっていきました。
しだいに、闇の中に、オレンジ色の明かりが、ぼんやりと浮かんできます。
別室から、拡大モニターで、様子を見ていたラントムの話では、機械を使って、ベロンと角膜を剥がしていたそうですが、自分の目で、それを見ずに済んで、本当に良かったと思いました。
私にできることは、できるだけ瞳が動かないように、一点に眼球を固定させることだけです。

「大丈夫ですよー。いいですよー」
すかさず、フィリピン出身の女医・ハーゼル先生の声が聞こえてきます。暗闇の中、一人ぼっちで、付き添いのラントムとも離されていますから、彼女の声だけが頼りです。
チチチチチチ・・・・・・・・・。
(レーザーを、撃っているんだな・・・)
痛みも、何も、感じませんが、早く作業が終了してほしいと、私は、それだけを願っていました。

「大丈夫ですよ。ディーマーク(すごく、いいですよ)、ディーマーク」
先生は、患者が緊張で動いてしまうことを恐れているのか、しきりと、リラックスさせようとしています。
チチチチチチチチ・・・・・・・。
全身を硬直させて、私は、ひたすら時間が過ぎていくのを待ちました。時間にすれば、ほんの1分ほどだったと思いますが、異次元空間にいるような私には、ずいぶん長く感じられました。
「はい、OK。右側終了です」
機械が私の眼球から離され、また、白い輪の明かりが視界にもどってきました。

「ふーッ・・・」
大きく息を吐いて、全身の緊張を解く私。足がコチコチになっているのが、自分でも、よく分かります。
「それでは、今度は左側です」
何でもそうですが、人間は一度経験してしまうと、恐怖感が薄れます。
先程と同じ工程で作業は進みましたが、今度は、それほど緊張することはありませんでした。
「はい、すべて完了です」
サシビモン先生の声が聞こえると、頭部の拘束が解かれ、私は解放されました。
手術が終わって、ぐるぐると目の周囲を包帯巻きにされるのかと思っていましたが、傷ついた眼球を保護するために、アイシェルという透明の大きなプラスティック・カバーを付けられただけで、術後の処置は終了です。

翌日、
「B、H、T、A、C」
「オー、パーフェクト!では、中段を、右端から・・・」
「K、V、G・・・・・」
診察室に通された私は、アイシェルを外して視力検査を受けていました。
「見える!はっきりと見える!!」
手術から、22時間、視力は劇的に回復していました。
加齢と共に肉体が衰えていくのは、人間の定めだと諦めていましたが、まさか、この年になって、長年失われていた視力が蘇るなど思ってもみませんでした。高一のときに、コンタクトレンズを使い始めて以来、三十年ぶりの感動といえるでしょう。

自宅に戻り、パソコンでメール確認していた私は、ふと思い立って、「レーシック」で検索してみました。
すると、予想もしなかった文章が、一行目から、ズラリと並んでいます。
「レーシック、今なら、13万円!」
「カスタム・ビューでしたら、17万8千円!」
そして、ダメを押すように、
「世界レベルの品川近視クリニック!両目で、10万8千円!」

今回の治療費、23万6千円(1バーツ=3.5円計算)なり。
それにしても、品川クリニックとは・・・・・。
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by phuketbreakpoint | 2007-09-27 17:37