人気ブログランキング | 話題のタグを見る

タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

修羅の群れ

「スーマリーさんの新しい弁護士、ちゃんと、やってくれてるのかなあ・・・」
スーマリーさんがリキット弁護士を解任した後、私とラントムは、もう、この事件で積極的に動くことはなかったのですが、やはり、ビルさんの保釈がどうなるかは心配していました。
そんなある日、ラントムの妹ティップの夫シェスが、血走ったような目つきで家の中に入ってきました。手には小さな袋を持っていて、おもむろに、中から札束を掴み出します。
「どうしたの、そのお金?」
私が訪ねると、
「さっき、銀行に行って、ピースーマリー(注、スーマリーさん)の口座から下ろしてきたんだ。保釈の手続きに使うんだよ」
と彼は答えます。

私は、シェスとは、ラントムと結婚する前、トランに初めて遊びに行った頃から付き合いがあります。
ゴム園で暮らしていた頃の彼は、ちょっと、ズル賢いところはあったものの、基本的には、田舎のお兄ちゃんといったタイプで、人畜無害な人間でしたが、この日の表情は、以前、ジャングルの中で彼が見せていたものとは明らかに違っていました。目がやけに真剣で、まるで野獣のようです。突然、降って沸いた大金の話で、頭の中がいっぱいになり、文字通り、目の色が変わっていました。
シェスが出て行った後、私はラントムに、
「なんか凄い表情で札束握ってたけど、ちょっと、ヤバくない?」
と言葉をかけましたが、彼女は、それに対しては何も答えませんでした。

タイという国は、コミッションがまかり通ります。誰かが、何かをやってくれた場合、必ず、ある種の手数料が上乗せされるのは常識ですから、今回シェスが、多少コミッションを取ったからといって、それほど驚く話ではありません。
しかし、この時、彼が手にした額というのは、私の想像を遙かに超えたものでした。ずいぶん後になって、私は、それを知りましたが、そもそも、コミッションというのは、何かしらの実体があって、もらえるものです。もし、そうでないのであれば、ただの詐欺ということになりますが、この時、彼の一連のアクションに、実体があったのかどうかは、かなり疑問でした。

しかし、彼も最初からスーマリーさんのお金を狙っていたわけではなかったと思います。スーマリーさんの手元には、土地建物の売買契約が終わり、銀行からの借金を清算した後も、まだ300万バーツほどのお金が残っていました。ビルさんの保釈手続きが、なかなか進まない中で、彼女は自暴自棄となり、連日連夜、酒に溺れて、現実から逃避する生活を続けていました。

「ピー(自分のこと)はねえ、お金なんか、いくらでもあるんだから。使っても、使っても、使い切れないほど、たくさんあるんだから・・・」
そんなことを言いながら、周りの人間に、やれチップだ、手数料だと言いながら、金をバラ撒いていたのです。
ラントムも心配して、
「ピー、ダメよ、そんなに無駄遣いしちゃあ。お金が、全部なくなっちゃったら、どうするの。まだ、保釈金とか、いろいろあるんだから」
そう何度も忠告したのですが、彼女は止めようとはしませんでした。

コンビニで40バーツのお菓子を買い、「これは、チップよ」と言って、さらに100バーツ出して、カウンターに置いてくる。
バトンビーチでトゥクトゥクに乗り、当時30バーツくらいの距離だったのに、運転手に500バーツ渡してしまう。
バーに子供が花輪を売りにやってくれば、「全部ちょうだい」と言って、3000バーツ払ってしまう。実際は、200~300バーツの値段のものです。
こんな調子だったので、周りの人たちは、みな大喜びしていました。だから、シェスが、
「全部なくなってしまう前に、自分の懐に入れてしまおう」
と考えたとしても、不思議ではありませんでした。ただの田舎者のシェスに、これだけのお金を一度に手にするチャンスは、一生涯ないかもしれないのですから。
それでも、私やラントムにしたら、やはり、自分の身内の人間には、スーマリーさんのお金にたかるのではなく、守る側に回って欲しかったという気持ちがありました。しかし、それを彼に望むのは、酷だったのでしょうか。

シェス以外にも、様々な人間がハイエナのようにスーマリーさんのお金に群がってきて、わけが分からない状態になっていたのですが、そういった人たちの決定版的なものが、バンコクを中心に活動している保釈請け負い業者のバンコク・ボーリカーン(仮名)という変な名前の会社でした。これは、やはり、金目当てで群がってきた1人である警察官のトップさんが、
「今度こそ、本当のホンモノ(多分、役に立たないニセモノを何回か紹介した後だったのでしょう)、絶対成功する」
と言って連れてきた人たちです。

仮釈放の保証人として、バンコクからプーケットに飛んできた大ボスが、手続きを手伝ってくれました。
保釈金、ボスの手数料、ボスを紹介したトップさんの仲介料、諸々の必要経費・・・、細かい内訳はわかりませんが、はっきりしているのは、トータルで150万バーツほどのお金がかかったということです。
それでも、大金を注ぎ込んだ甲斐があり、ビルさんの仮釈放は、とうとう認められることになりました。そして、約3ヶ月ぶりにシャバに出てきたビルさんの出所祝いを、我が家で、ささやかに行うことになりました。

「そろそろ、ビルさん、着く頃だねえ」
ラントムと話しながら、彼の到着を待っていた私たちの前に、トップさんの車に乗せられて、ビルさんが現れました。
「おめでとうございます」
そう言おうとした私でしたが、言葉が出ません。車から降り立った彼は、以前とは比べものにならないほど、萎んでいたからです。
刑務所に入る前の彼は、上背こそなかったものの、丸太ん棒のような腕をしていて、全身筋肉の塊でした。握手しても、握力の強さが、ズッシリとこちらに伝わってきます。ズングリしたポパイといった風貌でした。
ところが、あの日、久々にパトンビーチに戻ってきたときの彼は、ただの小さな中年の白人男でした。100キロちかくあった体重は、60キロくらいに落ちていて、彼は、精神的にも相当追い込まれていたようで、いつも何かに怯えていました。記憶も一部失くしているようで、私やラントムも、誰だかよくわかっていない様子です。この時、彼が刑務所の中で書いたという告発文も見せてもらいました。

「・・・・・私が、そこに立っていると、看守のA(実名が書かれていました)は、いきなり、こん棒で私を思いっきり殴りました。私は、逃げようとしましたが、動きがとれず、また、殴られました。立ち上がることができずにいると、上から、さらに、こん棒でめった打ちにされました。それから、彼は・・・」
小さな文字で、一片の紙、ぎっしりに書かれた内容は、すべて看守の暴力に関するものでした。

仮釈放で出てきた後も、ビルさんは、決して一人では外に出ようとせず、ストレスが溜まって、遂には、経営していたお店(キウィー・バー)で暴れだしてしまいます。
「もう、我慢できないわ、こんな生活」
それまでは、なんとか彼の面倒を見ていたスーマリーさんも、とうとう耐え切れずに、彼を見捨ててしまいます。そして、自ら警察に通報し、ビルさんを逮捕させてしまいました。10年ちかく一緒にいた2人の、これが最後になりました。

その後、ビルさんがどうなったのかは、私にはわかりません。
2年ほどして、この事件も、すっかり忘れてしまった頃、外国人の囚人たちをケアしている福祉事務所の女性から電話がかかってきました。
「ちょっと、お尋ねしたいのですが、ウイリアムさん(ビルさんの本名)の奥さんで、スーマリーという女性を御存知でしょうか?」
そう聞かれてラントムは、
「はい、知っています。でも、今、どこで何をしているのか、私にも、わからないんですけど・・・」
「彼が、とても寂しがっているので、もし可能なら、会いに行っていただきたかったのですが・・・」
これが、彼に関する最後のニュースだったと思います。

一方、スーマリーさんは、しばらく1人でキウィー・バーをやっていましたが、ある日、ビルさんの共同経営者で、サムというドイツ人が、警官10数人を引き連れて、バーに乗り込んできました。
「貸した金が返せないのなら、バーをもらう。この書類にサインしろ」
ビルさんの仮釈放に使った150万バーツはパーになり、残りのお金も、人にやったり、たかられたり、騙し取られたりして消えてしまい、ビルさんが乗っていたジープは、トップさんのものとなり、所有していた数台のバイクは、近所のおじさんが持っていき、唯一残っていたキウィー・バーも、人手に渡ってしまいました。スーマリーさんは、丸裸になって、パトンビーチを離れ、どこかに消えてしまいました。

そして、ティップは、些細なことからラントムと口論となり、お店を辞めて、トランの田舎に帰ることになりました。大金を手にした以上、ここで人に使われながら、働いているのがイヤになったのでしょう。それでも、最後に一応、私に挨拶していってくれました。
「フミオ、私、今日で辞めるから・・・。約束守れなくて、ゴメンナサイ(注、辞めるときは、次の人が見つかってから、という話でした)」
私も、この約束は、おそらく守られはしないだろうと、うすうす感じていましたから、そのこと自体は、どうってことはありません。
しかし、津波の後、多くの人が罪の意識もなく、略奪に走っている姿を見て、人間不信に陥ったように、この時のシェスの変わりようにも、私は、大いに驚かされました。
ティップとシェスは、大金(といっても30万バーツ)と一緒に、トランの田舎に帰っていきました。

こうして、スーマリーさんも、ビルさんも、ティップとシェスの2人も、みんな私の前から消えていきました。分け前に与った残りの人たちは、また、元通りの生活を始め、いつものように、陽気で明るいタイ人の姿に戻っていきました。まるで、何事もなかったかのように・・・・。
「もう、ここ(パトンビーチ)には、戻ってこないから・・・・」
そう言って、プーケットを離れていったティップとシェスでしたが、4年後、再び私の前に現れることになります。
今回の事件で、本性の一部を見せて、去っていった2人が、さらに恐ろしいモンスターとなって、この街に帰ってくることになるのです。
by phuketbreakpoint | 2006-11-02 02:40