タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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ミラクル運ちゃん

1992年4月、
ラントムの実家(ソンクラー県ラノット)を訪れようと、私はソンテオ(乗り合いバス)で、プーケット・タウンの外れにあるバスターミナルに向かっていました。
パトン・ビーチからプーケット・タウンに行くには、トゥクトゥクやバイクタクシーを利用するのが一番手っ取り早い方法ですが、値段が高いので、私は、ほとんど使ったことはありません。バンコクでは、ようやく気合いを入れることなしに、タクシーに乗れるようになった私ですが、やはり、プーケットのトゥクトゥクは、タクシーより格下の割には高い、という思いがあるのでしょう。ソンテオは、お金を倹約したい人にとって、最も安く行ける方法なのです。

パトン・ビーチ~プーケット・タウン間のソンテオは、朝6時から夕方6時まで、約30分間隔で運行されていますが、タイムテーブルがありませんから、出発時間も、到着時間も、各ドライバーの、その日の気分で、どんどん変更されてしまいます。いつもより、早く出てしまった便の後で、次の便のドライバーが、ちょっと遅く出発してしまうと、40分以上も、間が開いてしまうことがあります。この日も、バスが来るまで30分以上待っていました。

そんなソンテオですが、いったん動いてしまうと、到着までの時間は、だいたい、どの車両も似たりよったりで、乗り込んだ時点で、終点への到着時間は、だいたい予測することができます。パトンからタウンの終点までが約40分、そこからバイクタクシーかトゥクトゥクで、ボーコーソー(バスターミナル)まで約5分、ハジャイ行きのバスが出る時間が10時ジャストですから、この日もまだ、20分以上、余裕があるはずでした。

乗り込んでしばらくの間は、なんのトラブルもなく、バスは順調に走っていました。
ところが、山を越え、カトゥーの交差点を曲がってしばらく行くと、動かなくなってしまいます。最近でこそプーケットも、朝と夕方の通勤時は渋滞するようになりましたが、当時は事故でも起こらない限り、車が詰まることは、ほとんどありませんでした。
「なんか、詰まっちゃてるねえ。大丈夫かなあ」
心配顔で、私がラントムに話しかけると、
「キンチェーやってるわ」
と彼女は答えます。ガイドブック等では、プーケット・ベジタリアン・フェスティバルという妙な名前で呼ばれているこのお祭りは、約1週間の期間中、肉や魚を摂らず、精進料理だけを食べて、体内にある毒素を洗い流し、身を清めれば、1年間何事も無く、幸せに暮らせるといわれています。

「ボクは毎年、キンチェーの間、神様と一体になれるような気がするよ。キンチェーのおかげで、ボクはすっきり、爽やかな気持ちになれるんだ」
看板屋のトングさんが、以前そんなことを言ってましたが、この1週間以外は、毎日のように酒を飲み、事業資金まで飲み代で使ってしまって、後で困り、いつも金策に走り回っているこの人に本当に必要なのは、1年に1回のキンチェーというよりも、1年間、ずっと継続して後先のことを考える、常識的な判断力なのかもしれません。その点、ラントムのお父さんなんか、わずか1週間の禁欲生活くらいでは、もう手の施しようがないことは、本人にも、よく分かっていますから、
「オレは、やらない」
の一言で片付けてしまう、お父さんの態度は実に立派です。

キンチェーの期間中は、参加者の体内には神様が宿っており、肉体的な痛みは感じないそうで、頬っぺたに、いろんなものを突き刺した人(自転車やサボテンを刺してる人もいます!)を荷台に乗せたピックアップ(ダットラ)が、ゆっくり、ゆっくり街を流していきます。そんなキンチェー行列に、バスが捉まってしまいましたから、どうしようもありません。ピックアップの前後で歩いている人たちのスピードに合わせ、バスは、のんびり、のんびり走っていきました。

「これじゃあ、ハジャイ行きのバスに間に合わない。どうしよう」
バスを降りたところで、こうなっては、もう、どんな交通手段を使っても、この行列を追い越すことはできないでしょう。
「もう、ダメだ・・・・」
ほとんど諦めかけていたそのときでした。バスは、タイナーン・レストランの交差点に差し掛かり、
<キュルルルルルル・・・・・・・>
突然タイヤを鳴らしながらスピードを上げ、大きく右折して路線を外れていきます。
「どこに行くつもりなんだ!?」
バスは、しばらくチャオファー・ウエストを走っていましたが、今度は左折して、工事現場の中に入っていき、いつの間にやら、ただの空き地のようなところを走っていました。

一緒に乗っているタイ人の乗客たちも、不安そうな顔で外を眺めていましたが、ドライバーは、平然とした様子で、草ボウボウの空き地の中を、いつもと変わらぬ表情で運転していました。
「みんな、心配するなって。俺がちゃんと、アンタたちを、目的地まで送り届けてやるから」
そんな自信に満ちた表情にも見えます。空き地の奥には公園があり、ようやく舗装された道路に入りましたが、今度は道幅が狭い。幅2m余りのこの道では、もしも対向車が来れば、すれ違うことはできません。
「大丈夫なのか?」
心配していましたが、ラッキーにも対向車は現れず、バスは無事公園入口を通過して、チャオファー・ロードに入りました。ここからは、ちゃんとした一般道ですが、もし別のキンチェー行列に遭遇してしまったら、一巻の終わりです。
「どうかキンチェーに、ぶつかりませんように・・・」
その願いが届いたのか、バスは何事もなく、すんなりと終点のタラート・ソッド前まで辿り着くことができました。時計を見ると、9時55分を指しています。
「まだ5分あるぞ!」
バスを降りるや、私とラントムは、すぐにバイクタクシーを捕まえて、ボーコーソーに向かいました。バイクに乗ること4-5分、ボーコーソーが見えてきます。さあ、はたしてバスは、まだいるでしょうか?

時計の針は、既に10時を、3、4分過ぎていましたが、ハジャイ行きのバスは、動き出す気配すら見せず、止まっていました。
やりました!すべり込みセーフです。
こういうときに、時間がルーズなのは本当に助かります。わずか1分の遅れを取り戻すために、大事故になってしまった国もありますが、プーケットなら、そんな心配はありません。ちゃんと、遅れてくる人のことを気遣って(?)、待っていてくれるのです。なんと、ありがたい話なんでしょう。
このありがたみの影では、時間通り、ちゃんと来た人たちを待たせてしまう、というデメリットも、もちろんありますが、それも、せいぜい5、6分なんですから大目に見て下さい。

日本なら、バスが順路を外れただけで、ドライバーは「無法運転手」のレッテルを貼られ、新聞ネタにされて、轟々たる非難を浴びてしまうことでしょう。秘術を尽くして、乗客たちを、時間内に終点まで送り届けてくれたドライバーの肯定的な面は、すべて無視され、「ルールを破った不届き者」という否定的な面だけが強調されてしまうわけです。
タイや、タイ人の、「いいかげんさ」は、よく日本人がヤリ玉に挙げて、バカにしていますが、「いいかげんの持つ素晴らしさ」も、時として、ちゃんと存在しているのです。
「頼む、運転手さん、何とかしてくれ!」
そんな私の儚い願いを、いとも簡単に聞きいれ、実際に何とかしてくれた、あのおじさんの姿には、「感謝」という言葉以上のものが感じられました。
この「ありがたい国」で、暮らせる「ありがたみ」を、私は、あの日、初めて実感できたような気がします。
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by phuketbreakpoint | 2006-06-27 11:13