タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
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宇宙ゴミなんか捨てちまえ!

30年ほど前、東京12チャンネル(今のテレビ東京)で、「世界の料理ショー」という番組が放映されていました。
グラハム・カーという料理研究家(ということになっていましたが、お笑いタレントに見えました)が、世界の珍しい料理を紹介する番組でしたが、レシピを詳しく説明するわけでもなく、料理も、それほど美味しそうでもなく、繰り出すジョークも、北米在住者向けのようで、あまり意味がわからないものが多く(吹き替えは良かったですね)、要するに、
「大したことのない番組」
だった記憶がありますが、最後の試食時に、彼が見せる表情だけは、他の、いかなる料理番組にもない、素晴らしいものがあったと思います。
「人間は、きっと、本当に美味しいものを食べたとき、こんな顔になるんだろうなあ・・・」
そんなことを感じさせるものでした。


昨年の暮れ、お土産で戴いたオールドパーを飲んだところ、予想を遥かに上回る美味しさで、ビックリし、グラハム・カーの表情と同じになってしまいました。
爽やかに広がる、「口あたり」、
鼻腔から、後頭部に、スーッと抜けていく、「香り」、
舌の上で、じんわり、溶けていく、「まろやかさ」、
喉越しの強烈な、「破壊力」、
そして、胃袋に入った後も、ジンワリと余韻に浸れる幸福感・・・・、胸の奥がキューンと締めつけられるような、体の芯が暖かくなるような、全身が、ムニュムニュしてくるような・・・、例えるなら、激しい恋をしたときの状態と、この幸福感は似ているのかもしれませんが、こんな説明を、たらたら書いていること自体、オールド・パーに対して、失礼なんでしょう。

20歳の頃から、ふらふらと海外に出かけるようになった私は、世界の各地で、文化遺産と呼ばれるものを見てきましたが、ルーブル美術館だろうが、大英博物館だろうが、コロッセオだろうが、エトワール凱旋門だろうが、「スゲーな、これは!」と感動したことなんて、ただの一度もありません。
「19世紀初頭、ナポレオン・ボナパルトによって・・・」
なんて説明されても、
「ああ、そうですか」
と、それだけです。
そもそも、自分には、
「どうせ、人間の作ったものなんだから、大したことないだろう」
という感覚があるのか、歴史に残る、偉大な巨匠の作品も、工作上手な、小学生の作品も、
「あんまり、違いは、ないんじゃねえの?」
と思ってしまうわけです。

私は、大自然が創り出す、美しさが好きです。
アルプス、フィヨルド、グランド・キャニオン、ナイアガラ・フォールズ・・・・。
見てきた人に、
「どうだった?」
と尋ねれば、
「凄かった」
としか、答えようがありません。無駄な説明をする必要は、まったくないと言えるでしょう。
うちの奥さんなんかも、同じようなことを言っています。40歳になった今でも、いつも自信満々に、こう豪語していますね。
「私はねえ、パンニャン(実家のあった村)で、一番きれいだったんだから・・・。
どれくらい、きれいだったか、ですって?
とにかく、きれいだったのよ」
(大した自信です)。

人間が造ったもので、私を感動させたものが、一つだけありました。
ニューヨークの摩天楼です。
2度目に、ニューヨークを訪れた際、空港から地下鉄に乗って、50番ストリート駅で降り、階段を上って、地上に出て、パッと、頭上を見上げると、そこには、眩いばかりの電飾の世界が、空一面に広がっていました。あのときは、理屈ぬきで、
「スゲーなー!」
と思ったものです。

で、オールド・パーなんですが、つまらない説明なんてしてないで、たった一言、
「・・・・・・これは、うまい!」
と言えば、充分じゃないでしょうか。
説明のいらない美味しさ、素晴らしさこそ、本物の証だと思われますが、人間年をとってくると、そういった素直な感覚が、どんどん失われていってしまうわけです。
プーケットを初めて訪れて、ラントムに出会ったときも、
「彼女こそ、運命の人ですね。純潔美少女ですよ」
なんて、勝手に盛り上がっていましたが、結婚を決意した後になって、
「あれ、離婚暦があるの?」
「ふーん、娘もいるのか?」
どんどん、「真実」が解き明かされていき、ずいぶん経った後になって、
「あらま、息子もいたんだ・・・」
という事態に直面したりすると、
「世の中ってのは、裏があるもんなんだなあ・・・・」
そんなことを学んだりして、素直な感覚どころでは、なくなってしまうわけですね。

そこで、「女」の代用品として、酒が登場してくわけです。
酒の場合、
「さんざん、お金を注ぎ込んで、ようやく、念願かなったのに、意外とガッカリ・・・」
インチキな、キャバクラみたいなことは、まず、あり得ません。使ったお金に見合うだけの内容は、しっかり、付いてくるでしょう(そうじゃない場合は、偽物じゃないでしょうか)。
一口に、酒といっても、
「こってり飲んで、ドロンと酔ってしまう」
ワインや、日本酒などの醸造酒は、体内に不純物が、いっぱい溜まっていくようで、私は、ほとんど飲まず、サラッと飲んで、すっきり酔う・・・、ウイスキーや、ジンなどの蒸留酒が好きです。
特に、いいウイスキーを飲むときは、とりあえず、ストレート、そして、できることなら、一人酒がいいですね。
しみじみ味わって、思いっきり、だらしない表情になっていても、誰にも見られずに済みますから、安心できます。つまみも、肴も、必要ありません。
コークや、ジュースと混ぜてしまうのも、ずいぶん無礼な話だと思います。きっと、胃の中で、お酒が泣いているでしょう。
「私を、こんな女たち(?)と、同格扱いにするのね・・・」
と。

もうじき、50歳になろうとしている今、改めて感じますが、「酒」や、「女」を真っ正直に追求する人生を歩んでいる人には、決して、大きな失望や、苦悩は、ないような気がします。
「なかなか、自分が評価してもらえない」とか、
「他の人たちが、自分より幸せに見えてしまう」とか、
「みんなから、なんて言われているか、気が気ではない」とか・・・・。
そんな、つまらない面子や、意地、見栄、プライド、世間体なんか、「酒」や、「女」の前では、クソみたいなもんです(断言)。
うまい酒が飲めて、いい女が抱けるなら、そんなもん、どうだって、いいじゃねえですか。

「学業」も、「職業」も、「地位」や、「名誉」や、「富」も、、「酒と女」という、巨大惑星の周りを浮遊する、「宇宙ゴミ」みたいなものでしょう。
パーっと、全部ドブに捨てちまって、この南の島に、どんどん遊びにきてください。
50歳になっても、60歳を過ぎても、70歳を超えて、「もう、オレの人生は、終わった」なんて、しょぼくれたことを言っている人にでも、ここには、胸を焦がすような、酒と恋が、きっと、あなたを待っているはずです。

さあ、宇宙ゴミなんて、捨てちまいましょう。
思い切って、パーっと、全部・・・・。
さあ!
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by phuketbreakpoint | 2010-06-23 10:21