タイ・プーケット島在住。タイならではの出来事や日々の体験、個人的な思い出などを書きとめています。


by phuketbreakpoint
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

単なる計算間違い?

何年か前、プーケットで行われた、あるイベントでのことです。
日本人3割(約100名)、タイ人7割(200名以上)、白人4、5名(国籍分らず)の聴衆の前で、
「Ladys and gentlemen・・・・」
拡張高く始まった、来賓(日本人)の挨拶でしたが、続くスピーチも、すべて英語でしたから、用意した通訳(日ータイ)も、どうすることもできず、聞いていた人の、多くが内容を理解することはできませんでした。
「すいません・・・・。ここは、タイなんスけど・・・・」
思わず、そう呟いてしまった私でしたが、もしも、状況が違っていたら(例えば、アラブ諸国だったら・・・)、間違いなく、ド顰蹙ものでしょう。
日本人が、タイでやっているイベントなんですから、タイ語か、日本語、どちらかを使えばいいはずですが、この人は、僅か5人の白人のために(それも、英国圏の人か、どうかも、わかりません)、英語を使うことに対して、まったく疑問を持っていなかったようです。

こういったことが起こる原因は、
「オレは、英語が流暢に喋れるんだぞー」
という、自己顕示欲だけでなく、
「英語なら、世界どこにいっても、通用するはずだ」
といった、大きな勘違いも、含まれていると思います。
学生時代、共産圏だった頃の、東ヨーロッパを旅したことがありましたが、呆れるくらい英語が使えないので、驚きました。
基本動詞はもちろん、「mother」「father」など、ごく簡単な単語ですら、ほとんど通じません。なんとか、理解してもらえたのは、「Yes」「No」くらいでしょうか(頷いたり、首を振ったりすれば、誰だってわかりますね)。

当時(1984年ごろ)の東ヨーロッパでは、第一外国語はロシア語で、ドイツ語や、フランス語は、古くからヨーロッパの主要言語でしたから、使える頻度も高いのですが、英語は、敵性言語(アメリカ人が使ってますからね)の上に、「島の言葉(失礼。でも、かつて欧州の中心だった中部ヨーロッパから見れば、イギリスなんて、そんなところでしょう)」ですから、あまり重要視されていなかったように感じます(注、若者を除く)。
また、西ヨーロッパでも、北欧を除けば、英語は、それほどオールマイティーとは言えず、南に下れば、下るほど、通用しなくなっていきました。南米は、もちろん、アフリカ大陸でも、イギリスの植民地だった国は、それほど多くはなく、英語が通じない国は、結構多いように思えます(日本も、ある意味そうでしょうか)。

「こんなの常識」
だと思っていたことが、実際は、
「そうでもなかった」
というのは、世の中には多いですね。
最近は話題性で、ライバルのカーネル・サンダースに、すっかり、遅れをとっている感のある、マクドナルドの「ドナルドくん」ですが、なんと、本名(?)は、ロナルドだと言うじゃないですか。
日本では、公共のメディアを使って、堂々と、
「僕、ドナルド」
と、他人になりすましていましたから、ネット上なら、「不正アクセス防止法違反」に問われているかもしれません。
「ロナルド・マクドナルド被告に、懲役5年の実刑判決。改めて問われる、企業倫理」
そんな記事が、紙面を、賑わすことになるのでしょうか。

また最近、大阪在住の知人に、関西ローカルのバラエティー番組を録画してもらって、見る機会があったのですが、東京と大阪では、論調が、まるっきり違うので驚きました。
大阪の番組では、素の意見が、そのまま流されることが多いように感じます(ネットに近い)。東京だと、差し障りのない内容でまとめて、最後のコメントも、
「本当に、困ったもんですね」
と締めるのが、一般的ですが(周りの雰囲気を確かめた上で、自分だけ突出しないように、「安全地帯」から、多数派で穏便な意見だけを口に出す)、大阪は、
「そんなもん、当たり前とちゃう?」
完全に、開き直っているのです。
以前から、東京マスコミの、
"メディア大政翼賛会”
的な横並び、同一論調には、大きな疑問を感じていましたが、これだけ世の中が多様化しているのに、各紙、各テレビ局、みな同じ意見で、誰も疑問に思わない(注、思わせない。反目の意見は、決してオンエアされない)のが実に不思議です。

そして、朝青龍です。
東京で、袋叩きにあった不人気横綱も、高知県・菱和高校(仮名)では、依然として、ヒーローでした(OBですから)。
きよみの入学式は、同校の体育館で行われましたが、入り口には、
「どうじゃー!」
と言いたげなほど、巨大なパネルが飾ってありました。
「酔っ払いを、ぶん殴ったくらいで、横綱をクビにするな!」
そんな気概が伺われます。さすが、高知だと思いました。

その昔、12月になると、
「力道山暴れる」
「力道山、また暴れる」
こんなベタ記事が、しばしば新聞の社会面を飾っていたそうですが、プロレス界は勿論、マスコミ各社の論調も、
「年末に、力道山が(リングではなく、盛り場で)暴れるのは、師走の風物詩(?)なんだから、大目に見てやろう」
といったものだったようです。
「国民的ヒーローの力道山が、プライベートで、美味しくお酒を飲んでいるのに、怒らしちゃあ、いけねえぜ」
そんな意識もあったんでしょうか(いい時代ですねえ)。
殴られた側だって、
「オレよう、この前、力道山に、ぶん殴られちまったぜ、ガハハハ・・・」
怒るどころか、酒のネタにして、十分に元は取っていたでしょう(私なら、そうしますが・・・)。

また、2代目・貴乃花が横綱に昇進した頃(1994年ごろ)も、巡業先で高校生を殴打したことがあったのですが、マスコミは、
「生意気な態度の高校生が悪い」
という論調に終始し、
「僕が悪かったんです」
という高校生の談話も、わざわざ載せて(本当に、本人が喋ったんでしょうか?)、みんなで寄ってたかって、
「見知らぬ高校生にも、ちゃんと指導できる(あれって、頭にきたから、殴っただけでは・・・)貴乃花は、さすがに、立派だ」
という虚構を作り上げていました。
同じことを、やっているのに、人気絶頂だった頃の貴乃花なら許され(今ならダメでしょう)、不人気の朝青龍なら、「クビ」という、ダブル・スタンダードは、誰が決めているんでしょうか。

どんなことでも、裏表は、必ず存在します。人それぞれ、立場や、考え方の違いは、確実に、あるわけですから、物事を絶対視していては、大きな過ちを生む可能性があることだけは、忘れてはいけないでしょう。
その点、ラントムは、自分の女房ながら、実に立派です。
驚くべき話ですが、21世紀だというのに、我が家では、ダーウィンの「進化論」も、コペルニクスの「地動説」も、キリスト教徒のラントムによって、完全否定されたままで、そんな「邪説」を、うっかり口にしようものなら、「異端」扱いされて、弾圧の対象となり、3日くらい、口を利いてもらえなくなってしまいます。
「ガリレオ・ガリレイが、400年も前に、数学を使って、科学的に実証したんだよ」
なんて説明しても、
「そんなもんは、計算間違い」
の一言で、片付けられてしまうのです(いや、もしかしたら、本当に間違っているかもしれませんよ。その可能性は、ゼロではないはずです)。

“他人に迎合することなく、自分の信念を貫く”
そういう人が、本当に少なくなりました。
[PR]
by phuketbreakpoint | 2010-06-14 09:43