7月9日。
長女マヨムがイギリスに旅立ちました。
「こんなに大きなバッグ買っちゃって大丈夫なのか?重量制限に引っかかったら大変だぞ」
「心配しないで。留学生は30キロまで許されるの」
ところが、プーケット国際空港でチェックインすると、重量計のデジタル表示は、なんと49・5キロを示しています。
「20キロも、オーバーしてるじゃないか!国内線は15キロまでだから、35キロオーバーだって!?」
結局、超過金を1600バーツも取られてしまいました。しかも、
「国内線でこれだと国際線は、どうなっちゃうんだ?」
不安になった私はタイ航空のチケットオフィスで尋ねてみましたが、なんと、キロ当たり1650バーツもチャージされるといいます。トータルだと3万バーツを超えてしまいますから、ラントムも私も、血の気が失せて、
「減らせ、減らせ」
と空港ロビーでバッグを開けて、大騒ぎになってしまいました。
「本とか重いものは、なるべく機内持ち込みのバッグに入れるんだ。服とか軽いものは大きい方に入れて・・・」
土壇場でジタバタする見苦しさは、減量に失敗したボクサーみたいでしたが、なんとか33キロまで落とし、ずっしりと重くなった機内持ち込み用のスーツケースと手さげ袋を2つ抱え、あの子は手荷物検査のブースに消えていきました。
「出発前から、こんな調子で大丈夫なのかねえ・・・」
ラントムと2人、心配になってきた私たち夫婦ですが、今回の留学話、ここまでこぎ着けるだけでも、けっこうな労力を必要としました。
いよいよ、グリニッジ大学から入学許可も下り、学費を送金することになった6月上旬のある日のことです。
ローシーズンで、お金が足りませんでしたから、車を売って手にした現金を持って銀行に行き、キャッシャーチェック(小切手)を作りましたが、為替レートの計算やら、相手口座の確認やらで、思った以上に時間がかかります。代理店は、
「(小切手は)郵送すればいいですよ」
と言っていましたが、失くしたら大変ですから、ビザ申請を兼ねて、マヨムがバンコクまで持参することになりました。
「これでひと安心。あとは送金確認を待って、ビザを申請するだけ」
そう思っていた一週間後です。バンコクにいるマヨムから、電話がかかってきました。
「困ったことになったの。小切手なくなっちゃったって・・・・」
聞けば、事務員の管理がズサンで(他人の金だと思って、その辺に、ほっぽり出していたんでしょう)、どこを探しても、見つからないということです。すぐにバンコクの代理店に電話を入れて、状況を確認しましたが、
「安心してください。受取人限定ですから、お金は、まだ引き出されていません。もう一度小切手を作って、送ってください」
大金を失くしておきながら、
「すいません」
の一言もなく、余りにも、
「あっけらかーん」
とした説明に、ラントムも私も、頭にくるやら、呆れるやら。
「あんたじゃ埒があかないから、上司の携帯番号を教えてくれ」
責任者に電話を入れ直しましたが、すでに、
“先回り”
されていたようで、
「あのー、こちらはプーケット・・・・」
とここまで言ったこところで、この上司は、いきなり、
“ブチっ”
と電話を切ってしまい、その後は何回かけても電話に出ませんでした。
怒りは収まりませんでしたが、手続きしないことには話は進みません。
私とラントムは、ぶつくさ文句を言いながらも銀行に行って相談すると、紛失証明が必要だといいます。その足でパトン警察に向かって、証明書を出してもらい、それから、また銀行に戻って小切手を作り直しました。
「タイでは、いろんなことがありますよ」
最近は、少々のことでは驚かなくなった私ですが、あまりと言えば、あまりの、
「いい加減さ」
に、今回ばかりはラントムと2人、ポカーンと空いた口が塞がりませんでした。
再びバンコクに戻ったマヨムは、小切手を事務所で手渡し、受領書も受け取って、
「今度こそ、ビザが下りるのを待つばかり」
そう思っていた6月中旬のある日、またバンコクから電話がかかってきます。
「パパ大変、ビザが出ないんだって。この前提出した申請書類、1枚足りなかったみたい。もう一度申請し直してだって」
しかも、
「1万バーツ(約3万円)!?学生が勉強に行くのに、何で、そんなに高いんだ?」
と手続き前に、私がブーブーと文句を言っていたビザ代は、
「お返しできません」
だそうで、なんと、もう一度払わなければ申請できないなんて言っています。
「書類が1枚足りないなら、それを追加提出すれば済みだろう。申請を受理できないなら、お金を返すのが当たり前だろ」
ところが英国大使館に電話を入れても繋がらず、受付窓口になっている出先機関(東京ならブリティッシュ・カウンシルのようなところ)も午後まで担当者は来ないと言い、ようやく出てきた担当者は、
「日本大使館なら、お金を返してくれる・・・?ここは英国大使館(の出張所)だから返せないですよ。みんな(他の大使館も)、そうですよ」
強気の対応で、まったく話になりません。英国大使館、特に大使ら本国から来ている人たちは、こういった事態が起こっていることを把握していないかもしれませんから(恐らく、現地採用の英国人やタイ人スタッフがつるんで金儲けに走っている可能性大)、近々英文で正式に抗議文を郵送しようと思っていますが、酷い話の連続で、マヨムも私たち夫婦も、もうキャンセルして別の国に留学しようかと話し合っているときでした。紛失事件の引け目もある代理店から電話が入り、
「我々も全面的に協力しますから、もう一度だけ、申請してください」
ということで、また1万バーツ持って、マヨムはバンコクに向かいました(いったい、何回行かされてんだか・・・)。
ビザ申請が終わり、プーケットに戻ってきたマヨムですが、今度は突然、
「もしも、イギリス行きがダメになったら、私、結婚するわ」
と「トンデモ」発言です。
留学が実現するかどうかの瀬戸際だというのに、どこから、そういう話が出てくるのか不思議でしたが、今度の相手は26歳のドイツ人、バンコクで知り合った自称薬剤師だそうですが、たぶん騙されてるんでしょう。本人は否定していますが、どうせまたネットで見つけてきたに違いありません。
「あのなあ、マヨム。何でいきなり結婚になっちゃうんだ?」
「彼は、とってもいい人なの」
「なんで、そんなことがわかるんだ?」
「何回も会ったから、わかるの」
「何回もって、何回だ?」
「2回。でも、いつもメール交換してるから・・・」
こっちの話も、空いた口が塞がりませんでした。
そんな中で行われたのがワールドカップ決勝トーナメント、イングランド対ドイツの1戦です。お客が早く引けた店内で、マヨムと2人、買ったばかりの大型テレビで観戦しました。
「行け、行け、ルーニー!女たらしのジャラマン(ドイツ)なんか、やっちまえー!」
「なに、このハゲ(なんという暴言を・・・)。やっぱり、ドイツの方がカッコいい」
「今のシュート完全に入ってるぞー!インチキ判定だー!」
「おー、この8番、ロー(いい男)。がんばれドイツ!」
「人の娘に、ちょっかい出しやがって、ドイツだけは、絶対に勝たさん!」
「あらま、監督さんも、けっこうハンサム。イギリスやめて、ドイツに行こうかな」
「おい、マヨム。ちゃんと、サッカー見ろよ」
「パパも、ドイツの悪口ばっかり、言わないで」
結局、試合はドイツの圧勝に終わり、ビザもなんとか下りましたが、こんな調子でイギリスに行って、本当に大丈夫なんでしょうか。
つい一昨日も、電話が入ってきました。
「あ、パパ?ステイ先(黒人家族)は、ケチくさいことばっかり言って、イヤ。やっぱり、タイがいいなあ」
「そんなこと言うなよ。パパがいた頃(1985年)も、ホームステイは自由がなかったよ。イギリス人は、1週間に2、3回しかシャワーを浴びない人もいるから、毎日入れるだけでも幸運なんだよ」
マヨムの話を聞くまでもなく、タイほど自由な国はありません。
「やりたいことが何でもできる」
そして、
「やりたくないことをやらずにすむ」
そんな国は他にないでしょう。
それがわかるだけでも、留学した意義があるんじゃないでしょうか。
マヨムさん、大きな世界を見てきてください。
いろんな人に出会って、いろんな経験をつんで、そこで見たり、感じたりしたことが、きっと将来、あなたを助けてくれるでしょう。
検討を祈ります。
Good luck!